かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『平凡すぎる犠牲者』

 

それは確かに誰から見てもありふれた事件のように思われた。

元々知り合いだったアル中(最近では“社会的に孤立している”とかいうらしい)の二人が、一緒にちょっと食事をして、しこたま飲んでけんかになった。
原因はおそらく、彼らが個人、もしくは共通の歴史を創ってきたありとあらゆる無意味なことのせいだろう。
そして、一人がもう一人を殴り殺すことで、晩餐が終了した。

といったところだろう。

ストックホルム西地区ソルナ署は目下、重大凶悪事件を追っているところで、そんな酔っ払いの事件に人手を割くわけにはいかない。

しかたがない。
ここは、訳あり難ありベックストレーム警部を頭に据えて、捜査チームを立ち上げよう。
お目付役に真面目で腕利きで男にはなびかないとの定評ある女性警部補を配置して。


遺体発見者の新聞配達はソマリア難民の青年で、証言をするのは出稼ぎのポーランド人。
捜査を担当する警察の方も行政職員は亡命ロシア人、警官にはいずれもスウェーデン人の養子となっている、ブラジルやマレーシア、南アフリカ生まれの人たちや、フィンランドにルーツをもつ人たちなど、スウェーデン社会の多様性が反映されている。

そこへきて主役を張るベックストレームが、人種差別主義者で女性蔑視もひどく、汚職に手を染め息を吸うように横領し、平気で人を撃ち下半身はだらしがないという人物だというのだから目も当てられない。

この男の恥知らずでバカげた言動や行動の数々に辟易するも、これが彼の言う「生粋のスウェーデン人」のなせるわざなのだというのなら、あまりにも痛烈な皮肉というところか。

とはいえ酔っていないときにはそれなりに頭が回るベックストレーム。
周囲の助けもあって結局のところ、事件を解決してしまうのだ。


作者のレイフ・GW・ペーションと初めて出会ったのがヨハンソンシリーズの 『許されざる者というすごく読み応えのある作品だったがために、このベックストレームシリーズにも手を伸ばしているのだが、面白く読みながらも、相当変なものを読んでいるという困惑が拭い去れない。

正直なところ、前作『見習い警官殺し』では、『許されざる者との違いにすっかりとまどってしまったものだが、ベックストレームとの付き合いが深まるにつれ、このシリーズはこういう作風の中で、あれこれ言いたいことがあるのだから、彼は彼のままで(決して良くはないが)しかたがないのだと思えるようになってきた。

実際、どんなに多様性をうたう社会にあっても、人々の心の中にどれほど多くの差別意識がはびこっていることか、匿名のネット社会のありようを考えれば想像に難くない。

そうした意識を、口や態度に出してしまうベックストレームだからこそ、まわりは堂々と対処できるということでもあるのかもしれない。