かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『仙文閣の稀書目録』

 

追っ手は必ず来る。
それは、よくわかっていた。

一冊の本を大事に抱えて走る文杏がめざすのは仙文閣。
500年前に書仙が作ったといわれる書庫だ。
仙の力に守られ膨大な蔵書を有するその書庫は、本であればなんでも所蔵するという。
それが時の王朝に禁書とされた本であっても。

皇帝の治世を批判し、反乱を促した反逆の罪で処刑された柳老師。
文杏にとって、育ての親であり、師でもあった柳老師が書きあげた『幸民論』は、焚いて灰にするようにという命が下っていた。
もちろん、そのこの世にたった一冊しかない本を抱えて逃げている文杏自身の手配書も。

だがようやくたどり着いた仙文閣は、文杏が思い描いていたような場所とは言い難く、そのまま本を預ける決心がつきかねた。

そんな文杏の様子をみてとった仙文閣の長、王閣監は、文杏が本を納めても良いと思えるようになるまで、ここに滞在し、やはり信用できないとなったときには、本を持って出ていくようにと提案し、滞在中の監督者として、典書の麗考を指名するのだった。

とにもかくにも1冊の本を守ることに全てをかけようとする少女と、愛想も愛嬌も全く無いが本に向ける情熱と本に関する知識だけは確かという美しい青年典書を軸に展開する中華風ファンタジー

「人を知り世を論ず---本を書いた人物を知れば、その人の書いた本の内容を真に理解することができる。書いた者の意図するところを、正しく解釈することが重要だ。言葉は解釈によって、意味が随分変わる」

 

「本に書かれた言葉の意味をはかりかねたとき、書いた人物の輪郭がわかれば、理解ができる。あるいは書かれたことを、誤解せずにすむ。さらにそれが目録に、叙禄としてあきらかにされていれば、本を探す者は、書名や篇目で見落とすかもしれない自分に必要な本を、叙禄によって見落とさずにすむかもしれない。この人物の書いた本であれば、自分の求めるものが書かれているかもしれないと」


「本を守る」「本を残す」ということの意味を考えさせられる一冊でもある。

2024年2月の読書

2月の読書メーター
読んだ本の数:26
読んだページ数:5775
ナイス数:275

源氏物語 (岩波新書 青版 667)源氏物語 (岩波新書 青版 667)感想
1924年生まれの著者が1968年に刊行したという少々古い本ではあるが、Kindle Unlimitedで読むことが出来るというので、軽い気持ちで読み始めた。 自身の「読み方」を強力に打ち出すのではなく、様々な学説を紹介しつつ、「源氏物語」本編とその周辺を掘り下げていく形の筆運び。 “当時の読者は光源氏のモデルとして誰を思い浮かべたか”とか、“「帚木」当時の光源氏が17歳と推定される根拠”などという話あたりまでは、ふむふむと読み流していたのだが、いわゆる「成立論」をとりあげる辺りから、がっつり前のめりに。
読了日:02月26日 著者:秋山 虔
わたしたち、離婚したはずですが?わたしたち、離婚したはずですが?感想
Kindle Unlimited
読了日:02月26日 著者:時岡 継美
源氏物語 06 末摘花源氏物語 06 末摘花感想
読書会のための再読。いつ読んでも末摘花の扱いはひどいと思うが、貧困にあえぐことはあっても、世俗のあれこれにも、嫉妬の炎にも苦しめられることなく、常に一途でマイペースに生きる彼女は、実は結構幸せなのかも…と思ってみたりも。
読了日:02月24日 著者:紫式部
転生幼女はあきらめない(サーガフォレスト)1転生幼女はあきらめない(サーガフォレスト)1感想
前世の記憶は定かでは無いが成人した子どももいたはず、そん彼女が転生したのは産まれたばかりの赤ん坊リーリア。母親は出産の際に亡くなって、妻の死を嘆くばかりの父ととまどう異母兄を賢く愛らしく惹きつけて仲の良い家族関係を再構築。このまま幸せに…と思ったところで、誘拐された。魔法や魔物がある世界で、過酷ではあるはずが、どこかほのぼのと愛らしい波瀾万丈の人生が幕を開ける。主人公がよちよち歩きの幼児なので「でしゅ」「にゃい」と舌足らずな赤ちゃん言葉が読みづらく早く大人になってほしいような、このまま愛でていたいような。
読了日:02月24日 著者:カヤ
【全1-6セット】王立図書館司書の侯爵令嬢は、公爵令息から溺愛される ~祝福の花嫁~【イラスト付】 (ロイヤルキス)【全1-6セット】王立図書館司書の侯爵令嬢は、公爵令息から溺愛される ~祝福の花嫁~【イラスト付】 (ロイヤルキス)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月19日 著者:佐木ささめ
円満に婚約破棄したいので、私悪女を目指します【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)円満に婚約破棄したいので、私悪女を目指します【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月19日 著者:時岡継美
紫式部ひとり語り (角川ソフィア文庫)紫式部ひとり語り (角川ソフィア文庫)感想
ぶっちゃけ打ち明け話に目撃談、噂話に人物評にたっぷりの蘊蓄、軽妙な語り口でぐいぐい読ませるひとり語り。といっても、妄想系の二次創作ではなく、平安文学の研究者として知られる著者が「冒険的な推測」のもとに書いたというこの本には、『源氏物語』の作者紫式部の生涯が、その日記(『紫式部日記』)と家集(『紫式部集』)を軸に、『御堂関白日記』『権記』『小右記』『栄花物語』『枕草子』『和泉式部日記』なども参照しながら、紫式部本人の回想という形で記されていて、読み応えもたっぷり。これは良かった!
読了日:02月19日 著者:山本 淳子
恋がさね平安絵巻 君恋ふる思い出の橘【電子特典付き】 (角川ビーンズ文庫)恋がさね平安絵巻 君恋ふる思い出の橘【電子特典付き】 (角川ビーンズ文庫)感想
やむを得ぬ事情で幼なじみで初恋の相手である若君と離ればなれになって4年。東宮となってすっかり遠い人になってしまった若君と東宮妃候補の一人として再会することになった夏花は、再会に胸を躍らせていたが、ようやく会えた東宮は若君とは全く別人だった!?東宮暗殺の陰謀を軸にした平安「調」ラブミステリー。平安絵巻とうたうには設定の荒さが目立ちはするが、そこに躓くことなくテンポよく読ませる軽快さはある。 Kindle Unlimited
読了日:02月18日 著者:九江桜
悲恋に憧れる悪役令嬢は、婚約破棄を待っている【初回限定SS付】【イラスト付】 (フェアリーキス)悲恋に憧れる悪役令嬢は、婚約破棄を待っている【初回限定SS付】【イラスト付】 (フェアリーキス)感想
Kindle Unlimited 悪役が登場しないからなおさら、かわいいラブコメ的にまとめられるのかな。
読了日:02月18日 著者:風見くのえ
急募! 完璧な独身貴公子!~王妹は最愛のお姉様にふさわしい婿殿を求めて奔走中~ (夢中文庫プランセ)急募! 完璧な独身貴公子!~王妹は最愛のお姉様にふさわしい婿殿を求めて奔走中~ (夢中文庫プランセ)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月16日 著者:戸瀬つぐみ,駒田ハチ
気がついたら婚約者が妹とできていて悪女のそしりを受けています【初回限定SS付】【イラスト付】 (フェアリーキス)気がついたら婚約者が妹とできていて悪女のそしりを受けています【初回限定SS付】【イラスト付】 (フェアリーキス)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月15日 著者:鬼頭香月
源氏物語 05 若紫源氏物語 05 若紫感想
読書会のための再読。まだあどけない紫の上との出会いと少女を囲い込んだその顛末には忘れがたいものがあるけれど、その合間にまるで隠すかのように紛れ込ませて語られる藤壺との秘め事が…。この構成、物語全体にも通じるものがあるかも。
読了日:02月14日 著者:紫式部
断罪されている悪役令嬢と入れ替わって婚約者たちをぶっ飛ばしたら、溺愛が待っていました (Mノベルスf)断罪されている悪役令嬢と入れ替わって婚約者たちをぶっ飛ばしたら、溺愛が待っていました (Mノベルスf)感想
Kindle Unlimited 
読了日:02月14日 著者:BlueBlue
神作家・紫式部のありえない日々: 1【電子限定描き下ろしペーパー付き】 (ZERO-SUMコミックス)神作家・紫式部のありえない日々: 1【電子限定描き下ろしペーパー付き】 (ZERO-SUMコミックス)感想
34歳のシングルマザー香子は、世渡り下手の学者を父にもち、漢籍や和歌の知識も豊富な才女だが、オタク気質のひきこもり。夫を亡くした悲しみを紛らわすために同人誌活動に没頭し、書き始めたのは『源氏物語』!?クククッと思わず笑ってしまうような、「源氏」ものと「同人」もののオタクとネタをふんだんに盛り込みながらも、本筋はきちんと古典文献に基づいて組み立てられ、シビアでシリアスな人間模様も丁寧に描き出されているので、これなかなかの読み応え。 続きも気になる。 Kindle Unlimited
読了日:02月14日 著者:D・キッサン
悪役令嬢は断罪引退を目指したい! けど、もしかしてここ溺愛ルート!? (ティアラ文庫)悪役令嬢は断罪引退を目指したい! けど、もしかしてここ溺愛ルート!? (ティアラ文庫)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月13日 著者:せら ひなこ
源氏物語 04 夕顔源氏物語 04 夕顔感想
読書会のための再読。いろんな物が詰まっているこの帖はやはり読み応えもたっぷり。
読了日:02月08日 著者:紫式部
引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月07日 著者:百門一新
お飾り王妃は華麗に退場いたします~クズな夫は捨てて自由になっても構いませんよね?~【極上の大逆転シリーズ】【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)お飾り王妃は華麗に退場いたします~クズな夫は捨てて自由になっても構いませんよね?~【極上の大逆転シリーズ】【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月07日 著者:雨宮れん
追放令嬢からの手紙~かつて愛していた皆さまへ 私のことなどお忘れですか?~【極上の大逆転シリーズ】【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)追放令嬢からの手紙~かつて愛していた皆さまへ 私のことなどお忘れですか?~【極上の大逆転シリーズ】【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月05日 著者:マチバリ
困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています (ミーティアノベルス)困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています (ミーティアノベルス)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月05日 著者:三沢ケイ
推しは殿下じゃございません…!!~悪役令嬢、甘攻め溺愛ルートに突入しました!?~ (夢中文庫セレナイト)推しは殿下じゃございません…!!~悪役令嬢、甘攻め溺愛ルートに突入しました!?~ (夢中文庫セレナイト)感想
kindle unlimited
読了日:02月05日 著者:百門一新,椎名秋乃
源氏物語を楽しむための王朝貴族入門 (578) (歴史文化ライブラリー 578)源氏物語を楽しむための王朝貴族入門 (578) (歴史文化ライブラリー 578)感想
源氏物語』が世に出るための土壌となった概ね十世紀から十一世紀までの平安時代中期の「王朝時代」のあれこれを紹介することで、物語への理解をより深めることが出来るはず…というコンセプトで書かれた本。知ればなおさら面白いということは多いが、知りたくなかったこともあるかも!? 
読了日:02月05日 著者:繁田 信一
どうも、噂の悪女でございます2 聖女の力は差し上げるので、私はお暇頂戴します【電子限定SS付き】 どうも、噂の悪女でございます 聖女の力は差し上げるので、私はお暇頂戴します【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)どうも、噂の悪女でございます2 聖女の力は差し上げるので、私はお暇頂戴します【電子限定SS付き】 どうも、噂の悪女でございます 聖女の力は差し上げるので、私はお暇頂戴します【電子限定SS付き】 (ベリーズファンタジー)感想
Kindle Unlimited
読了日:02月04日 著者:三沢ケイ
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す9【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す9【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)
読了日:02月04日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す8【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す8【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)
読了日:02月04日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す7【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す7【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)
読了日:02月04日 著者:十夜

読書メーター

『源氏物語』

 

国士舘短期大学助教授、東洋大学助教授、東京大学文学部教授、東京女子大学教授、駒沢女子大学教授、紫式部学会会長などを歴任した1924年生まれの著者が1968年、東大助教時代に刊行したという少々古い本ではあるが、Kindle Unlimitedで読むことが出来るというので、軽い気持ちで読み始めた。

自身の「読み方」を強力に打ち出すのではなく、様々な学説を紹介しつつ、「源氏物語」本編とその周辺を掘り下げていく形の筆運び。
“当時の読者は光源氏のモデルとして誰を思い浮かべたか”とか、“「帚木」当時の光源氏が17歳と推定される根拠”などという話あたりまでは、ふむふむと読み流していたのだが、いわゆる「成立論」をとりあげる辺りから、がっつり前のめりに。

「帚木」が「桐壺」を受けていないことから、「帚木」が書かれたときには「桐壺」はまだ存在していなかったのではないかという説、
さらに進めて「帚木」以前にすでに光源氏について多くのことが書かれていたか、あるいは「恋の英雄である源氏」の物語が伝説として存在していたのではないかという説、
「帚木」「空蝉」「夕顔」のいわゆる帚木三帖がまず完結した物語として書かれたとする説、
「桐壺」の後に失われた物語があったとする説等、様々な学説を紹介。

中でも多くの行をさいているのは、当時の学会に大きな波紋を投じたという武田説。

「帚木」「空蝉」「夕顔」には“藤壺”への強烈な恋慕が影を落としていないことなど「桐壺」との断絶があるのではないか。
源氏物語の第一部(光源氏の将来についての予言がほぼ完全に実現するまでの部分、すなわち33帖藤裏葉まで)は、紫上系の17帖と玉鬘系の16帖のに系列に分けることができる。
これによれば紫上系(桐壺/若紫/紅葉賀/花宴/葵/賢木/花散里/須磨/明石/澪標/絵合/松風/薄雲/朝顔/少女/梅枝/藤裏葉)の物語は玉鬘系の物語とは独立していて、第一部から玉鬘系16帖を除いても一つの物語として読むことが出来るとも。

というわけで、試しに紫上系だけを拾って読んでみると……
うわーこれは、なんというか、より強烈なるよね!あの女性の影が!!


読み応えがあったのは、いわゆる第二部「若菜」の読み解き方と、そこから続く光源氏的世界の終焉。
この辺りは本編をもう一度じっくり読み返してみる必要がありそうだ。

気になったのは、紫式部の晩年。
中宮彰子は夫の葬送後、皇太后となったが、式部は変わらず側近の渉外担当。
道長の立場にあった藤原実資と父の強引な権威主義に強く反発していた彰子の仲立ちをしたのが式部で、これにより道長の怒りにふれて、女房を罷免されたという説があるのだとか。

紫式部道長の関係で言うと、式部を道長の妻とする古くからある一説と、それを否定する説も。
道長は皇太后中宮、皇子女の元に出入りする者をチェックするために要所要所に妾妻を配し、情報網を張りめぐらせた。その一人が紫式部だったという説もあるとか。

紫式部の生没年は定かではないそうだが、「望月」を歌った道長の栄花の到達点を見ずに没したとも考えられるそう。
栄華を極めた光源氏のその後のあれこれは、決して道長とその一族のその後を暗示したわけではなかろうが、上り詰めたら後は下るしかなく、満月はやがて欠けていくというのは当然のことだったのか。

源氏物語』が「藤裏葉」で終わらなかったことの意味をまた考えたりもした。

 

『紫式部ひとり語り』

 

平安文学の研究者として知られる著者が「冒険的な推測」のもとに書いたというこの本には、『源氏物語』の作者紫式部の生涯が、その日記(『紫式部日記』)と家集(『紫式部集』)を軸に、『御堂関白日記』『権記』『小右記』『栄花物語』『枕草子』『和泉式部日記』なども参照しながら、紫式部本人の回想という形で記されている。

実を言うと私は以前、『紫式部日記』に手を伸ばしたものの、その上から目線が鼻について途中で投げ出してしまったことがある。
そんなこわけで少々警戒しながら読み始めたのだったが、読み始めると面白くて、語りの元ネタとして引用されるあの古典、この古典と、ますます読みたい本が増えてしまったりもした。

たとえば、紫式部集にある
   桃の花を見やりて
 折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなき 桜惜しまじ 

という歌は、後に夫となる藤原宣孝におくった歌で、
宣孝はこれに
ももといふ 名もあるものを 時の間に 散る桜には思ひおとさじ
と返したという。 (『紫式部集36・37番』)

愛を語るこの2首は恋人たちの恋愛事情と意訳とともに紹介されていて、まあ上手いこと読むわね…と納得するところなのだが、面白いのは恋人である宣孝がそこまでわかってくれたかどうかは定かではないがといいつつ、この「桃の花」を歌った式部の頭には白居易の「晩桃花」という漢詩があったという語りだ。
一見さらっと読み流してしまいそうな恋歌の下地に、こんなものが隠されているとはびっくりだ。

歌も物語も、表に現れている言葉とその意味だけ味わってなるほどなあと満足してしまいがちで(それはそれで楽しければいいのではないかともおもいはするものの)、より深く味わうためには、その裏に隠されている意味を読み取るその技量が、読み手にも求められているのだろうと思わせられる。
と同時に、場面によっては、そんな含みを持たせたつもりはなかったのにと、作者が読み手に誤解される危険も含んでいるのかもしれない。

紫式部日記』には中宮彰子の出産記録としてかかれた表バージョン的な「日記」の部分と、ゆくゆくは女房になるであろう一人娘のためにしたためた裏バージョン「消息体」があったという話や、清少納言についてのあれこれ、道長和泉式部清少納言にまで色恋をしかけるような歌を贈っていることや、そうした歌を贈られたときどのようにあしらうことができるかがまた、女たちの腕のみせどころであったこと、「女房」や「召人」の立ち位置などの豆知識部分も興味深い。

ぶっちゃけ打ち明け話に目撃談、噂話にあの人この人の人物評とたっぷりの蘊蓄、軽妙な語り口でぐいぐい読ませるひとり語り。

同じ顛末を記していても文献によって違いがある点なども紹介しつつ、紫式部の実像とあれやこれやの真相にせまる語り口にすっかり魅せられてしまった。

『源氏物語を楽しむための王朝貴族入門』

 

源氏物語』が世に出るための土壌となった概ね十世紀から十一世紀までの平安時代中期の「王朝時代」のあれこれを紹介することで、物語への理解をより深めることが出来るはず…というコンセプトで書かれた本。

たとえば『源氏物語』の第一帖 「桐壺」
内裏の殿舎の一つを専用の寝所として与えられるのは女御のみで、更衣は幾人かで一つの殿舎をわけあって寝所としていた。
更衣が殿舎を与えられたという例はない。
だからこそ源氏の君の母親である「桐壺の更衣」の扱いは破格で、帝のその掟破りの寵愛が、周囲の激しい反感をかったのだという指摘。
実際にも更衣を母親とする皇子は誰一人として天皇になっていないから、桐壺の更衣の息子である光る君が、帝位を継ぐことはあり得ないはずだったが、前述のような掟破りが再び起きるのではないかという危惧が周囲にはあった……という設定になっているということ。
さらには、殿舎の使われ方から、当時の読み手は当然のこととして、物語の舞台には関白摂政が不在だったということすらも読み取れたはずだという。

あるいは、皇子たちの収入はこれぐらい…と、同年代の貴族たちと比べてなかなかシビアな状況を分析したり、彼らの平均寿命は他の人たちに比べるとかなり短いなど、あれこれ記録を読み込んだデータ紹介も。
そういうものを見ると、後ろ盾のない源氏の君を早い時期に臣下にくだらせたこともまた、帝の深い愛情の表れだったのか… とうなずけもする。

皇子もアレだが、皇女の立場もなかなか辛そうだ。
皇女が結婚できないわけや、二世女王の不遇などを読み解きながら、源氏物語に登場するあの女性、この女性の境遇に想いをはせる。

伊勢斎宮や賀茂斎院をめぐるあれこれにへえ!と驚いたり、なるほど!とうなずいたり。

いつも源氏の君に振り回されている「惟光」が下っ端従者ではない(!)ということも、当時の読者には当たり前のことなのだそうで、この設定がまた源氏の君の高貴な身分を引き立たせてもいるわけか。

殿上人はいったい何人!?
中将の仕事とは?
そういった豆知識は『源氏物語』に限らず、古典文学や平安朝時代を舞台にした近現代文学作品を読み解く上でも役立ちそうだと、時に驚き、時にうなずき、時ににやつきながら、興味深く読んだ。

だがしかし引用されていた見奉れば、御年は廿二三ばかりにて、御容姿整ほり、太り清げに、色合ひ実に白くめでたし。「かの光源氏も、かくや有りけむ」と見奉るという藤原伊周の容姿を語った『栄花物語』の一節には衝撃を受ける。

美の基準は、時代によって異なるものだと頭でわかってはいても、時には知りたくはない、わかりたくないこともある。

2024年1月の読書

1月の読書メーター
読んだ本の数:16
読んだページ数:3886
ナイス数:172

源氏物語 03 空蝉源氏物語 03 空蝉感想
読書会のための再読。
読了日:01月31日 著者:紫式部
源氏物語 02 帚木源氏物語 02 帚木感想
読書会のための再読。
読了日:01月29日 著者:紫式部
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す6【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す6【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)
読了日:01月28日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す5【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す5【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)
読了日:01月27日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す4【kindle限定オリジナルSS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す4【kindle限定オリジナルSS付】 (アース・スターノベル)
読了日:01月27日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す3【kindle限定オリジナルSS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す3【kindle限定オリジナルSS付】 (アース・スターノベル)
読了日:01月25日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す2【SS付き電子限定版】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す2【SS付き電子限定版】 (アース・スターノベル)
読了日:01月24日 著者:十夜
傍らにいた人傍らにいた人感想
再読。美しい文章と共に、物語を読むことの楽しみを著者と共有できる気がするお気に入りの1冊。
読了日:01月22日 著者:堀江 敏幸
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す1 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す1 (アース・スターノベル)感想
web版を読んでいたものを改めてKindleで。
読了日:01月21日 著者:十夜
源氏物語 01 桐壺源氏物語 01 桐壺感想
源氏物語を週一・1帖ペースでみんなで読んでいこうというネット読書会のための再読。与謝野訳の他に角田、谷崎、などいろいろ読み散らかしてみるなど。
読了日:01月13日 著者:紫式部
残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr. (レジーナブックス)残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr. (レジーナブックス)感想
断罪前日に前世の記憶を取り戻し、自分が前世やっていた乙女ゲームの悪役令嬢だと気づいた主人公が、24時間以内に状況をひっくり返すべく、あの手この手で手段を選ばず奮闘(?)するという話。えげつなさはあるがタイムリミットが迫るだけにテンポがよく一気に読める。
読了日:01月13日 著者:福留しゅん
中継地にて-回送電車Ⅵ (単行本)中継地にて-回送電車Ⅵ (単行本)感想
雑誌の連載や寄稿、文庫の解説、あの人この人への追悼文など、さまざまな媒体の注文に応じて生み出された52篇。小説もエッセイもすごく好みなのに、堀江作品を紹介するのはすごく難しい。けれどもやはり著者が綴るように“本を読み、読んで書き、また読んで言葉と対話した想いを人に伝える”そうありたいなと私も思う。
読了日:01月08日 著者:堀江 敏幸
悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 1巻 (デジタル版SQEXノベル)悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 1巻 (デジタル版SQEXノベル)感想
WEB版は読んでいるけれど、セールだったのでついポチってしまい、改めて読んでニヤニヤが止まらない。突き抜けた感じの馬鹿馬鹿しさが癖になるw
読了日:01月07日 著者:十夜,宵マチ
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 3 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 3 (アース・スターノベル)
読了日:01月04日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 2 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 2 (アース・スターノベル)
読了日:01月04日 著者:十夜
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 1 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO 1 (アース・スターノベル)感想
『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す』の書き下ろしスピンオフ。フィーアの前世「大聖女セラフィーナ」の成長譚だというのだけれど…。なにこれ面白いwシリウスいいわあ、めちゃめちゃいいわあ。本篇でもいつか登場するのかしら?もしかして、誰かの前世とかかわりが?等々気になるところ。
読了日:01月04日 著者:十夜

読書メーター

『傍らにいた人』

 

2017年~18年に日経新聞に連載された“読む”ことをめぐる52篇のエッセイをまとめたもの。
こういうエッセイ集にありがちな、“紹介されているあの作品この作品をなんとしても読まなくては!”という焦燥感に駆られることなく、美しい文章と共に、物語を読むことの楽しみを著者と共有できる気がするお気に入りの1冊。

時々、思い出したように手に取っては、頁をめくってみると、こんな文章にいきあたる。

 その場にいたときには目の前をあっさり素どおりして気にもとめていなかった人の姿が、なにかの拍子にふとよみがえってくることがある。たいていはだれもが知っている人物の傍らの、淡い接触をしただけの存在で、顔の輪郭がはっきりしていないことさえあるのだが、思い出したらそのまま忘れて終わりというわけではなく、何年か経つと、べつの角度で刺激された記憶の片隅から、また不意にあらわれたりする。(p10)



 規模の大小を問わず、ひとつの文芸作品を読んで記憶の奥底に刻まれるのは、物語の筋とは一見かかわりのなさそうな細部である。なにか枠組みをつくって論を進めるには、あまり役立っているように見えないことが多いけれど、それが時間の経過とともに消え失せていくのではなく、作品全体をたぐりよせるきっかけになっているなら、書物との向き合い方としてまちがってはいない。(p32)



 連想といういうものはつねに足し算であって、引き返す術がない。(p88)



 書物とのつきあいは、人とのつきあいに似ている。別れても再会し、手放しては買戻し、何度失っても、まるで運命のようにどこかで必ずまためぐり逢う。(p138)



 小説の楽しみのひとつは、全体の流れや構造とは関係のない細部につまずくことにある。その箇所だけが頭にこびりついてまわりの濃度が薄まったり、残りを忘れてしまったり、つまずきの意外性と喜びはさまざまなあらわれ方をする。一行が独立した力をもって浮きあがってくる現場に出くわすのも解釈にとらわれない読書体験のうちであって、その印象が強烈だからこそ、出会いの原風景にいつでも戻ることができる。(p148)



井伏鱒二芥川龍之介小島信夫川端康成梶井基次郎等々、紹介されている作家や作品の印象もさることながら、著者の紡ぐ言葉そのものが、私の中でひとつの“原風景”になっている。