かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『源氏物語を楽しむための王朝貴族入門』

 

源氏物語』が世に出るための土壌となった概ね十世紀から十一世紀までの平安時代中期の「王朝時代」のあれこれを紹介することで、物語への理解をより深めることが出来るはず…というコンセプトで書かれた本。

たとえば『源氏物語』の第一帖 「桐壺」
内裏の殿舎の一つを専用の寝所として与えられるのは女御のみで、更衣は幾人かで一つの殿舎をわけあって寝所としていた。
更衣が殿舎を与えられたという例はない。
だからこそ源氏の君の母親である「桐壺の更衣」の扱いは破格で、帝のその掟破りの寵愛が、周囲の激しい反感をかったのだという指摘。
実際にも更衣を母親とする皇子は誰一人として天皇になっていないから、桐壺の更衣の息子である光る君が、帝位を継ぐことはあり得ないはずだったが、前述のような掟破りが再び起きるのではないかという危惧が周囲にはあった……という設定になっているということ。
さらには、殿舎の使われ方から、当時の読み手は当然のこととして、物語の舞台には関白摂政が不在だったということすらも読み取れたはずだという。

あるいは、皇子たちの収入はこれぐらい…と、同年代の貴族たちと比べてなかなかシビアな状況を分析したり、彼らの平均寿命は他の人たちに比べるとかなり短いなど、あれこれ記録を読み込んだデータ紹介も。
そういうものを見ると、後ろ盾のない源氏の君を早い時期に臣下にくだらせたこともまた、帝の深い愛情の表れだったのか… とうなずけもする。

皇子もアレだが、皇女の立場もなかなか辛そうだ。
皇女が結婚できないわけや、二世女王の不遇などを読み解きながら、源氏物語に登場するあの女性、この女性の境遇に想いをはせる。

伊勢斎宮や賀茂斎院をめぐるあれこれにへえ!と驚いたり、なるほど!とうなずいたり。

いつも源氏の君に振り回されている「惟光」が下っ端従者ではない(!)ということも、当時の読者には当たり前のことなのだそうで、この設定がまた源氏の君の高貴な身分を引き立たせてもいるわけか。

殿上人はいったい何人!?
中将の仕事とは?
そういった豆知識は『源氏物語』に限らず、古典文学や平安朝時代を舞台にした近現代文学作品を読み解く上でも役立ちそうだと、時に驚き、時にうなずき、時ににやつきながら、興味深く読んだ。

だがしかし引用されていた見奉れば、御年は廿二三ばかりにて、御容姿整ほり、太り清げに、色合ひ実に白くめでたし。「かの光源氏も、かくや有りけむ」と見奉るという藤原伊周の容姿を語った『栄花物語』の一節には衝撃を受ける。

美の基準は、時代によって異なるものだと頭でわかってはいても、時には知りたくはない、わかりたくないこともある。