かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『源氏物語』「桐壺」冒頭読み比べ。

まずは与謝野晶子訳から

 どの天皇様の御代であったか、女御とか更衣とかいわれる後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。最初から自分こそはという自信と、親兄弟の勢力に恃む所があって宮中にはいった女御たちからは失敬な女としてねたまれた。その人と同等、もしくはそれより地位の低い更衣たちはまして嫉妬の焔を燃やさないわけもなかった。

 

続いては原典『源氏物語 (1) (新日本古典文学大系 (19))』から

 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬがすぐれて時めき給ふ有りけり。はじめより我はと思ひ上がり給へる御方がた、めざましき物におとしめそねみ給ふ。同じ程、それよりげらふの更衣たちはまして安からず。

 

本が好き!でも人気の高い谷崎潤一郎『潤一郎訳源氏物語 (巻1)』から

 何という帝の御代のことでしたか、女御や更衣が大勢伺候していました中に、たいして重い身分ではなくて、誰よりも時めいている方がありました。最初から自分こそはと思い上がっていたおん方は、心外なことに思って蔑んだり嫉んだりします。その人と同じくらいの身分、またはそれより低い地位の更衣たちは、まして気が気ではありません。


かつては入手が難しかった円地文子訳の『源氏物語』も今は電子書籍で手軽に読めます。

 いつの御代のことであったか、女御更衣たちが数多く御所にあがっていられる中に、さして高貴な身分ということではなくて、帝のご寵愛を一身に鍾めているひとがあった。
 はじめから、われこそはと心驕りしていられる方々からは、身のほど知らぬ女よと爪はじきして妬まれるし、そのひとと同じくらい、またそれより一段下った身分の更衣たちにすれば、まして気のもめることひとかたではない。


瀬戸内寂聴訳はこんな感じ。

 いつの御代のことでしたか、女御や更衣が賑々しくお仕えしておりました帝の後宮に、それほど高貴な家柄のご出身ではないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されていらっしゃる更衣がありました。
 はじめから、自分こそは君寵第一にとうぬぼれていた女御たちは心外で腹立たしく、この更衣をたいそう軽蔑したり嫉妬したりしています。まして更衣と同じほどの身分か、それより低い地位の更衣たちは、気持ちのおさまりようがありません。

 

リンボウ先生こと林望訳の『謹訳 源氏物語』は意外なほどに(?)正統派?!

 さて、もう昔のこと、あれはどの帝の御世であったか……。
 宮中には、女御とか更衣とかいう位の妃がたも多かったなかに、じつはそれほど高位の家柄の出というものでもなかった桐壺の更衣という人が、他を圧して帝の御寵愛を独占している、そういうことがあった。
 女御ならば、皇族または大臣家の姫、更衣ならば大納言以下の貴族の娘と決まったものゆえ、その並々ならぬ家柄の女御のかたがたからみれば、我をさしおいて桐壺の更衣ごときが御寵愛をほしいままにするなど、本来まことにけしからん話、とんでもない成り上がり者と、あしざまに罵らずにはおられない。
 まして、同じくらいの家柄、もしくはそれ以下の出自の更衣たちともなれば、心はいよいよ穏やかでない。



今は本当にいろいろあるので大塚ひかり訳の斬新さに驚いたのは、その先進性ゆえだったかも。

 いずれのミカドの御代でしたか、女御・更衣があまたお仕えになっていた中に、さして高貴な身分でもないのに、抜群に愛されている方がおりました。
 初めから私こそはとプライドをもっていらした方々は、
「あのような者が心外な」とバカにしたり嫉んだりなさります。同等もしくはそれ以下の身分の更衣たちはまして穏やかな気持ちではいられません。



橋本治『窯変 源氏物語』には、未だに驚かされはするけれど…。

いつのことだったか、もう忘れてしまった--。

 帝の後宮に女御更衣数多犇めくその中に、そう上等という身分ではないが、抜きん出た寵を得て輝く女があった。
 女の身分は更衣である。
 帝の寵をうける女達の中で、更衣とは「いとやんごとない」と称されるような身分ではなかった。帝の正室である中宮、その中宮を選び出す女御の階級に続く、妃の第二の身分であった。
 だがしかし、帝の寝所に侍り宿直する身の女に「下等」と称されるようなもののあろう筈もない。上にあらざる下にあらざる更衣の身にふさわしい寵にとどまっていれば、いかなる事件も起こりようはなかった。
 にもかかわらず、その女はただ一人、後宮という閉ざされた世界にあって、抜きん出て輝いていた。
 入内の初めより「我こそは」と想いのぼせている女御階級の女達は、「わずらわしい女よ」と貶め、嫉妬の炎を燃やした。同じ更衣のみにある女、更には同じ更衣にあっても実家方の親の身分が下であるような下﨟の更衣の心中は、おだやかではなかった。「更衣なる身に対する御寵愛があのようなものであれば」と思えば、それと我が身を引き比べる。



池澤夏樹=個人編集 日本文学全集に収録された角田光代訳は、文庫化もされたので入手しやすくなりましたね。

いつの帝の御時だったでしょうか--。
 その昔、帝に深く愛されている女がいた。宮廷では身分の高い者からそうでもない者まで,幾人もの女たちがそれぞれに部屋を与えられ,帝に仕えていた。
 帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、自身の位も、女御より劣る更衣であった。女に与えられた部屋は桐壺という。
 帝に仕える女御たちは、当然自分こそが帝の寵愛を受けるのにふさわしいと思っている。なのに桐壺更衣が帝の愛を独り占めしている。女御たちは彼女を目ざわりな者と妬み、蔑んだ。桐壺と同じ程度、あるいはもっと低い家柄の更衣たちも、なぜあの女が、となおさら気がおさまらない。

 

アーサー ウェイリー&佐復秀樹の平凡社ライブラリー『ウェイリー版 源氏物語〈1〉』

 ある天皇の宮廷に(彼がいつの時代に生きていたのかはどうでもよい)、衣装の間や寝室につかえる女たち[更衣・女御]が大勢いたなかに、とても身分が高いわけではなかったが、ほかの者たちよりもはるかに寵愛を受けている人がいた。そのため、それぞれ自分こそが選ばれたいとひそかに望んでいた宮中の貴婦人たちは、その夢を霧散させてしまったこの成り上がり者を、蔑みと憎悪とをこめて見た。ましてや、以前は同輩だ

った身分の低い更衣は、この人が自分たちよりもはるかに高い地位に引上げられたのを見てがまんならなかった。

 

同じくアーサー ウェイリーの 毬矢まりえ&森山恵訳はというと、これまた斬新!?

 いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。

 ワードロープのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれ数多くの女性が仕えておりました。そのなかに一人、エンペラーのご寵愛を一身に集める女性がいました。その人は侍女の中では低い身分でしたので、成り上がり女とさげすまれ、妬まれます。あんな女に夢をつぶされるとは。わたしこそと大貴婦人(グレートレディ)たちの誰もが心を燃やしていたのです。
 ましてや同じような身分だった仲間の侍女たちは、一躍、引き立てられた彼女を許せません。