かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『戦争と子ども』

 

戦争と子ども (〈文明の庫〉双書)

戦争と子ども (〈文明の庫〉双書)

 

 バニャ・ルカ市に住むゴガはなぜ見ず知らずのお婆さんを泊めることになったのかその顛末を語る。
町にはクロアチアの村を追われた大勢の人々が流れ込んできて、彼女はただただ茫然としていたのだ。
そのとき当時12歳だった娘が怒って言ったというのだ。
おかあさん、何をしているの。ただ悲しんでいるだけじゃだめよ。何かをしなくちゃ。お鍋にいっぱいお豆を煮て、体育館に持っていくだけだって、何かしたことになるのよ
その言葉をきっかけに彼女たち一家は一人のお婆さんを家に引き取り、その人の娘さんと連絡が取れるまでの九日の間、一緒に暮らしたというのだった。

1995年の夏、22万人のセルビア系住民が難民となった。
この本は、ベオグラード在住の詩人山崎佳代子さんが、仲間と共に難民センターを訪ね、聞き取った人々の話をまとめたものと、1999年ユーゴスラビア空爆当時、12歳だった山崎さんの息子光さんがその期間に描きためた何枚もの不思議な絵と、詩人が隣人たちから聞き取った第二次世界大戦の頃の体験談とで構成されている。

多くの手や目、翼、女性、奇妙でどこか不気味で、不安に満ちていて、それでいてなぜか愛おしくなるような優しい気持ちを起こさせる。光少年の絵は、強烈だ。

と同時に、言葉少なに語られる難民となった人々や彼らを迎え入れた人々や惨状を目にした人々の体験談もまた、強烈だ。

さらに、第二次世界大戦の頃、ベオグラード近郊シーサックの子供絶滅収容所に送られたというラドミラの体験談にも言葉を失う。
互いの身の安全のためにあえて名前を名乗らずに、命がけで行動を共にした少女と彼女を助けたドイツ人女性。

あちこちで聞き取った話を丁寧に再話しながら、決してその他大勢とはせずに、ひとつひとつの言葉やエピソードに語った者の名前をつけていく著者の姿勢。

人に名前があることの意味深さ、きちんと記憶され、伝えられ、記録されたひとりひとりの名前の美しさをあらためておもう。

憎むのでも否むのでもなく、負の連鎖を重ねるのでもなく、ひとりひとりが人として互いに大切にされる方向へと向かっていくためにはどうしたらいいのだろうかと、過去の出来事だけでなく、今なお続くさまざまな出来事と、そしてこれから起こるかもしれないあれこれを思い浮かべながら、本を閉じた後も考え続けている。

            (2017年03月06日 本が好き!投稿)