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『路上の陽光』

 

路上の陽光

路上の陽光

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先頃読んだアンソロジー『絶縁』に収録されていた書き下ろし作品「穴の中には雪蓮花が咲いている」が素晴らしかったので、読みたい本のリストの順番を繰り上げて手に取った本書は、チベット人作家ラシャムジャ氏がチベット語で発表し、翻訳家の星泉氏が日本語に翻訳した8編の短篇を収録した、日本オリジナルの作品集だ。

表題作「路上の陽光」は、近郊の村から日雇いの仕事を求めてラサにやってくる若者たちのとても切ない物語で、続く「眠れる川」はその続編だ。
訳者解説によれば、この先にもう一つ続きの物語が書かれる筈とのことなのだが、読み終えたそばから、登場人物たちのその後が気になって仕方がない。

3作目の「風に託す」は、久々に里帰りした青年が、古老の思い出話に耳を傾ける……という体裁ではあるが、その語りの裏にあるのはチベットを襲った苦しい時代の風なのだという解説を受けて、再度、物語を読み返すと、全く違ったものが見えてくる気がする不思議。

乗り継ぎ空港で偶然、かつての恋人と再会する男女。
「四十男の二十歳の恋」の切ない物語の背景には、チベット社会の格差が横たわる。

15歳の少年を主人公にした「最後の羊飼い」のこの厳しさはどうだ。
美しい物語を読みながら、失われたもの、失われていくものの多さに想いをはせずにはいられない。

そして物語の誕生に訳者も立ち会ったという圧巻の「遥かなるサクラジマ」。
ああ私もいつか、行ってみたいよ、桜島
もしいつか彼の地を訪れる機会があったなら、きっとこの物語を思い出すに違いない。

初恋の甘酸っぱさも、失恋の苦さも、思いがけぬ再会も、ときに振るわれる暴力も、立ち向かう勇気も、流される諦めも、孤独も、人のぬくもりも、どこか懐かしさを覚えるほどに身近に感じられるものなのに、この作家とこの訳者でしか、味わえないに違いないと思われる不思議。

北国の冬を思い出させるような、ひんやりとした空気の中に差し込む強烈な陽の光。
厳しさの中にも、包み込むようなぬくもりのある優しさとしなやかさを感じさせる物語たちが愛おしく思える1冊だ。


<収録作品>
路上の陽光/眠れる川/風に託す/西の空のひとつ星/川のほとりの一本の木/四十男の二十歳の恋/最後の羊飼い/遥かなるサクラジマ