かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『私たちが記したもの』

 

『82年生まれ、キム・ジヨンで感銘を受けて以来、著者の作品は既に何作か読んできて、その都度、素晴らしい作家だと思ってきたにもかかわらず、今回もまたあの『82年生まれ…』の作家の短編集だという理由で飛びついた。

介護施設で暮らす姉の元に通う妹の視点で描かれた巻頭作「梅の木の下」を読みはじめると、思わず視界がゆがむ。やっぱりこの作家はすごい!と改めておもいつつ、次の作品「誤記」を読み始めて、頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。

「誤記」の主人公は作家で、以前は小説を書くだけで生計が維持できる日がくるなどとは思いもしなかったのに、数年前に書いた本人曰く“それほど急進的でも過激でもない”小説が本になり、ベストセラーとなって生活が一変した。
もちろん好意的な反応もあった。
けれども向けられる敵意は好意よりずっと強力で、作家を苦しめ続けた。
ネット上にあふれる誹謗中傷の中でもとりわけ悪質なものを告訴する手続きを進める中で、相手が知り合いだとわかり……。

解説を読むまでもなく、自伝的要素が盛り込まれた作品だということは想像に難くなかった。
様々なことが重なって、小説が書けないと悩みながら、それでもなお、作家は書くことを諦めない。
だがなにをどう書けばいいのか……。


他にも、高齢の姉妹をとりまくあれこれ、働きながらの子育てをする母親の悩み、コロナ禍における10代の恋など、様々な女たちが描かれた作品が集められている短編集。

彼女たちが高く掲げるのは“正義”ではなく、自分らしくいきたいという“願い”であり、一歩踏み出す“勇気”でもある。

私はこれから“あの『82年生まれ…』の著者”ではなく、“チョ・ナムジュという作家”の作品を追いかけよう、そう思いながら、著者あとがきに続いて、文学評論家金美賢氏による20頁にわたる解説を読んでまたうなる。

どうやら、読者もまた日々アップデートしていかなければいけないようだ。


<収録内容>
梅の木の下/誤記/家出/ミス・キムは知っている/オーロラの夜/女の子は大きくなって/初恋2020
著者あとがき/解説:針を動かす時間、増殖するハーストーリー(金美賢)/訳者あとがき