かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『母と私―九津見房子との日々』

 

母と私―九津見房子との日々

母と私―九津見房子との日々

 

 1984年に出版されたこの本は、戦前の日本において社会主義運動と女性解放運動に大きな影響を与えた赤瀾会の設立メンバーの一人で、のちに三・一五の大弾圧により投獄され、出獄後にゾルゲ事件に関わって再逮捕されることになった九津見房子の長女が記した母と娘の記録だ。

著者に執筆を薦めたのは母娘と親交の厚かった作家の 山代巴
この本の冒頭にも13ページにわたる「まえがき」を寄せているのだが、昭和19年和歌山の刑務所で出会った時から語り始められるこの「まえがき」は驚くほど濃厚で、これだけで短編1作分以上の読み応え。

文筆を業としない著者にとって、この山代の熱い一文の後に本文を続けるのは、なかなかのプレッシャーだろうなどと考えながら本篇をめくり始めると、それが杞憂であったことに気づく。

房子の最晩年の姿の描写にはじまって、岡山の由緒ある家系に生まれ、祖母と母という女手で育てられた房子の幼年期、県立岡山高女時代に社会の矛盾に疑問を抱き、キリスト教的な人道主義からやがて社会主義へと傾倒していく様、社会活動家になるべく女学校卒業直前の家出し、一度は連れ戻されるも、のちに著者の父親となる宗教家で思想家でもある高田集蔵との出会って……。

娘が語る母のルーツを経て、次第に著者本人の幼い日の記憶を交えて、両親の離別や母の活動、再婚などと話が進んでいく。

やがて父に引き取られていく妹と別れ、14歳で母にともなわれて北海道に渡り、そこで三・一五の大弾圧に合い、母と共に留置所に。

わけの解らぬままに拷問され、後に我が子の悲鳴を聞かせることこそが母への拷問であったことを知って驚愕する。

常に多くを語らない母の背中を見つめ、言葉の端々をつなぎながら、幾度となく(あれは何だったろう)(どういうことだったのだろう)と、考え続けた娘が綴った母の記憶は、複雑で不可解に思われた一人の女性の人生の一端を読む者の前に解き明かしてくれる。

あの母にしてこの娘ありということだろうか。
娘もやはり多くは語らないが、ひたむきで真面目で愛情深いその様が文面ににじみ出る。
辛いことの多い娘時代であったことだろうが、母と娘の強い絆が感じられる1冊だ。