かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『海を渡り、そしてまた海を渡った』

 

物語は80代の女性が見た夢の話から始まる。
彼女の名前はワンチュンリエン(王春連)。
ここ数年、梅雨が明けて夏が来る時期に同じ夢をみるのだという。
頭が破裂してしまいそうな爆撃音が聞こえ、それにかぶさるように必死に自分を呼ぶ声がする。そこで必ず目が覚めるのだ。
その呼び声が誰のものなのか。
姉なのか、生みの親なのか、あるいは一緒に逃げていた友だちのものなのか、彼女にはわからない。
つきつめて考えてみれば、何と呼ばれていたのかもわからないはずだ。

1945年、中国北部、旧満州の興安嶺の山の中で拾われたチュンリエンは、瀕死の重傷を負っていたせいか、その過酷な経験のせいか、意識が戻った後も長らく言葉を発することが無かったという。

そんなチュンリエンも今は、日本の老人ホームで穏やかな日々を過ごしている。


子どものいなかった養親に大切に育てられたチュンリエンが、再びその過酷な運命と正面から向き合わなければならなくなったのは、二十年後のことだ。
日本人であることを理由に文化大革命で徹底的な弾圧に晒されたチュンリエン。
だが当時のことを回想するのは、昨日まで一緒に遊んでいた友だちたちから突然石を投げられて、「日本鬼子」と蔑まれるようになった彼女の三人の子どもたちのうちの一人、娘のツァンホンメイ(蒼紅梅)だ。
その時以来、学校に通うこともできずに、社会の最底辺で身を粉にして働くことを余儀なくされたホンメイだったが、あるきっかけで希望と向学心を取りもどし、医学を志すことに。
そんな彼女を待ち受けていたものは……。


三人目のヒロインは、チュンリエンの孫で、ホンメイの娘、ヤンリュウ(楊柳)。
小学三年生から日本の学校に通っている彼女は、祖母や親兄弟以外から睦美の名で呼ばれることにもなれていて、日本人と結婚して子育て真っ最中だ。
そんな彼女もやはり、自分のアイデンティティに悩みもする。


“中国残留孤児”の血脈を三代にわたって語り上げる物語。
三人それぞれによる自分の人生と家族について語りが2巡ずつ。
190ページと、決して長い物語ではないが、一文たりともおろそかにできない濃厚さがあるのは、物語自体はフィクションでありながらも、著者が長年に渡る活動の中で知りあった中国残留邦人とそのご家族の実体験に基づいているからなのだろう。


かつて残留孤児訪日調査団に加わって来日し、わずかな手がかりを元に肉親を探してテレビカメラの前で涙を流していた方達たちの映像を思い出す。

あの人達は今どうしているのだろう。

そんなテレビ放送が、毎年のようにあったことすら知らない世代が、増えてきている今だからこそ、多くの人に読んでもらいたい一冊だ。