かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『楽器たちの図書館』

 

青いヴァイオリンが描かれた表紙をめくると、最初に飛び込んでくるのは、カセットテープとCDジャケットのイラスト。

この短編集は僕からみなさんに贈る録音テープです。
テープには全部で八曲の歌が録音されています。
僕にとってはどれも特別な歌ばかりです。
ずっと昔、友だちの誕生日にプレゼントするために
録音したテープや、自分だけの
特別な歌を集めたテープを思い出します。
LPやCDを再生して、カセットデッキ
赤い録音ボタンを押すと、音をリアルタイムで
テープに移動させることができました。そのとき僕は、
音をつかまえたと思いました。いまはよくわかりません。


「みなさんへ」とはじまる著者からのメッセージはこんな風に始まっていて、わずか一ページのその短い一文で既に、読者はかつて自分が体験したカセットテープにまつわるあれこれの思い出の渦に引き込まれそうになる。

後から思えば、もうこの冒頭の挨拶から既に、物語は始まっていたのかもしれない。

「自動ピアノ」「マニュアルジェネレーション」「ビニール狂時代」「楽器たちの図書館」「ガラスの盾」「僕とB」「無方向バス」「拍子っぱずれのD」

ピアノ、オルゴール、エレキギター、合唱等々、なるほどこれは、音楽にまつわる小説を集めた短編集なのだなと考えつつ、しゃれたフレーズとほどよい甘さにほろ酔い気分になりがら読み進めると、中に一つ音楽とも音とも結びつかない作品が紛れていた。

「無方向バス」という名のその物語は、その“寂しさ”がとても心に残る印象的な作品なのだが、この作品がどうしてこの短編集に収録されているのか、訳者あとがきを読むまで全く理解できずにいた。

そうして、最後の最後まで読み切って、なるほどそういうことだったのかとうなずきながら、もう一度あの作品、この作品と読み返してみる。

「楽器たちの図書館」という本書のタイトルは、そのまま収録作品の一つのタイトルでもあるのだが、読み終えて振り返ってみるとまさに、この本そのものが様々な音を集めた“図書館”だったのだと合点する。

「ビニール狂時代」の中で語り手が思い巡らすように、音楽も小説も“新しいものはどこにもなく”常に“誰かの影響を受けた誰か、その影響を受けた誰か、そのまた影響を受けた誰かが、そのたくさんの下絵のうえに自分の絵を描く”そしてまたその絵を下絵に別の作品が生まれていく……そういうものなのだろう。

始まりは一つの音、一つの言葉。
読者もまた、本から言葉を拾い集めて、自分の中に何かを作ろうとしている。