かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『〈降誕祭の星〉作戦 ジヴァゴ周遊の旅』

 

幼い一人息子を故郷シベリアで暮らす両親の元に預け、夫は仕事で別の場所に住む。
自らは研究のために日本で暮らしているアナスタシアは、倹約に倹約を重ねながら、北海道の厳しい冬を乗り越えようとしていた。

春になれば、家族一緒に暮らせるようになるだろうか。
夫は、ロシアを離れ、家族三人で新天地で暮らすべく、準備を進めているというのだが、アナスタシアはまだ、祖国を捨てる決心をつけかねていたのだった。

そんなとき、プロフェッサーKから、『ドクトル・ジヴァゴ』の“音訳”を依頼される。
渡されたテキストは、15年前、アナスタシアが親友と共に夢中で読んだ、初のロシア語版『ドクトル・ジヴァゴ』だった。

ドクトル・ジヴァゴ』は1957年イタリアでの出版を皮切りに西洋諸国で翻訳出版されたが、ソ連では長らく発禁になっていたため、ロシア語版が合法的に刊行されるまで、30年の年月を要していたはず。
アナスタシアが行列に並んででも入手しようとした本は、そのロシア語版だ。

20歳の頃読みふけったのと同じ版の本が、異国の地で暮らす彼女の前に再び現れ、今度はその本を声に出して読み、その声をカセットテープに録音することになったのだ。

声に出して読むことによって、改めて作品と向き合い、同時に自分自身とも向き合うことになった女性の物語は、実話を元にした小説なのだという。

本作の中ではプロフェッサーKとして登場する著者は2013年に『ドクトル・ジヴァゴ』の完訳を刊行したロシア文学者で、詩人でありパステルナーク研究家としても知られている。

これが音訳を手がけた女性自身の手記であったならば、おそらくはまた全く違った作品に仕上がったのではないかという気がしないでもないが、『ドクトル・ジヴァゴ』の持つ雰囲気を引き継いだ「翻訳前日譚」としては、なるほどと思わせる作品だった。