かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『月の家の人びと』

 

月の家の人びと

月の家の人びと

  • 作者:砂岸 あろ
  • 発売日: 2020/12/25
  • メディア: 単行本
 

 

 山科の北東から南へ、国道の下をくぐって、ななめに横切る音無川は、幅もせまく、水かさも少なく、その名前のようにふだんはたいへん静かな川でした。
 けれどきょうは、まるでようすが変わっていました。
 水かさが増し、堤防の上にはもやがかかって、川ぜんたいが竜の背中のようにうねりながら、ごうごうと音をたてて流れているのでした。
 川には小さな橋がかかっています。
 欄干のない、でこぼこした土の橋は、川の上に、ふんわりとうかんでいるように見えました。


こんな状況では幼い少女の足がすくんでしまうのも無理のないこと。
けれどもこの土橋を渡らないことには、家にかえることができないのです。

意を決して、少女は足を踏み出すのですが……。


少女の名は柚。
父は既に亡く、母と梢と杏という二人の姉と兄の槐と5人で、土橋の向こうの家で暮らしています。
明治に初めに作られたというその平屋の家はかなり傷んでいました。
家よりももっとずっと広い庭があって、琵琶湖の形をした池があり、藤棚やあずまやをも有していました。
もっともその見事なはずの庭も今は手入れする人もなく荒れ放題だったのですが。


この家とそこで暮らす一家を主役とした物語は、家族の共通の思い出や、それぞれが抱える様々な想いを織り交ぜながら、連作短編の形で語られていきます。

(山科ってどこ?)というぐらい土地勘がなく、まったく知らない人たちの物語が、どうしてこんなに郷愁を誘うのでしょうか。

そしてあの、時折、庭に現れる不思議な人たちはいったい……。

この本をきっかけに、久々に志賀直哉を再読しました。
(※その理由は後日、別のレビューでご紹介します。)
この本を読んでいたら、ふと懐かしくなって、本棚から朽木祥さんの『引き出しの中の家』をひっぱりだしました。

そしてこの本を読み終えた後も、作中に登場し、巻末にも収録されているクリスティーナ・ロセッティの『望み』という詩の一節が、頭の中で繰り返し朗読されています。

ただ一度聞いた後 いくたびも思い出される歌になりたい。