かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』

 

 突然ですが、あなたは好きなものから食べる派?それとも最後までとっておく派?
私は好きなものは一番最後までとっておく派!
けれども長年の経験から、この方法だと、最後のお楽しみにたどり着くまでに、お腹いっぱいになってしまって、肝心要とっておきの一口のおいしさが半減してしまう危険があることも悟っているので、まず最初に二番目に好きなものを食べることにしていたりする。

そんなわけで、アンソロジー
『絶望図書館』や『絶望書店』でお馴染みの名アンソロジスト頭木弘樹が集めた“ひきこもり”文学集だ。

編んだ方は、収録の順番通りに読むことを望んでいるのかもしれないが、こうバラエティに富んでいると、どうしたって目移りしてしまうのはしかたがないこと。

まずは目次を確認し、最後に読むのはハン・ガンの「私の女の実」にすると決めた。
となると最初はやっぱり萩尾望都の「スロー・ダウン」でしょ。

まさかこんなところで、モー様にお会いするとは!と思いつつ、図書館の扉をあけると、そこはもう萩尾望都
外界から遮断され精神的に追い詰められた青年のそのギリギリの極限状態の描き方、一気に解き放たれる開放感!それに続く……。
これはもう、さすがとしか言いようがない。

最初にこの作品を読んだ副作用か効能か、相性抜群のポー作品はもとより、朔太郎も、星新一も、桃太郎でさえも、まぶたの裏に浮かぶのは、モー様モードの登場人物と舞台装置!?

たとえば“平凡退屈な日常茶飯事を、何等の感激もない平淡無味の語で歌った”子規の歌は自分にとって長い間謎だったと言い放つ、萩原朔太郎の「病床生活からの一発見」。
朔太郎自身が病に伏せり、引きこもってみてはじめてわかったというあれこれが書かれているエッセイで、なかなか面白かったのだけれど、なんだか青白そうな朔太郎の横顔が、モー様バージョンで頭に浮かんできて憂い満点!?
さすがに正岡子規は、当人の風貌のイメージが強すぎて、ギャグタッチになりはしたが。

あるいは、梶尾真治の「フランケンシュタインの方程式」。
宇宙船の中の酸素が欠乏し、目的地まで、一人分しかないと解ったとき、二人の乗組員がとった選択は!?
これはもう内容からしても、手塚治虫系の絵柄が似合いそうなのだけれど、モー様モードで思い浮かべると、悲壮感がかなりかさ増しされる感じ。

それにしても「屋根裏の法学士」の宇野浩二、以前読んだ『世界文学と日本近代文学』でも紹介されていたけれど、もしかしてひきこもりの大家なのでは!?

待望のハンガン「私の女の実」はというと、ベランダに立つ女の姿は、寂しさも苦しさもすべてを身にまとって、モー様の絵を思い浮かべるまでもなく、文字だけでも十二分に残酷なほど美しい。
モー様の絵にも合うけれど、山岸凉子あたりにも描いて貰いたいような…。


“ひきこもり”という言葉から連想しがちな暗いイメージではなく、“ひきこもった”ことで向かい合わざるを得なかったあれこれを描いているバラエティ溢れる作品が並んだ、一度ならず二度三度と訪れてみる価値のある図書館だといえるだろう。


<収録作品>
萩原朔太郎「死なない蛸」/フランツ・カフカ「ひきこもり名言集」/立石憲利「桃太郎――岡山県新見市」/星新一「凍った時間」/エドガー・アラン・ポー「赤い死の仮面」/萩原朔太郎「病床生活からの一発見」/梶尾真治フランケンシュタインの方程式」/宇野浩二「屋根裏の法学士」/ハン・ガン「私の女の実」/ロバート・シェクリイ「静かな水のほとりで」/萩尾望都「スロー・ダウン」/頭木弘樹「ひきこもらなかったせいで、ひどいめにあう話」(上田秋成吉備津の釜」)/あとがきと作品解説