かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『夢と人生』

 

夢と人生

夢と人生

 

 夢のことを書く。お前と死別れて間もなく、僕はこんな約束をお前にした。
そんな言葉で始まる文章は、病死した妻に語りかける様に優しく穏やかにそれでいてとても切々と綴られていく。
彼はなにも書かれていないノートを持ち歩いている。
時折、書こうとは思うのだ。
だが広島で原子爆弾の惨劇を目の当たりにした彼はどうしてもすっきりした気持ちになれなかったのだ。

僕はあの無数の死を目撃しながら、絶えず心に叫びつづけていたのだ。これらは「死」ではない、このように慌しい無造作な死が「死」と云えるだろうか、と。それに較べれば、お前の死はもっと重々しく、一つの纏まりのある世界として、とにかく、静かな屋根の下でゆっくり営まれたのだ。僕は今でもお前があの土地の静かな屋根の下で、「死」を視詰めながら憩っているのではないかとおもえる。あそこでは時間はもう永久に停止したままゆっくり流れている……。



彼は、昔妻と住んでいた場所を訪ねてみる。
見慣れた、懐かしい風景を目にして家に戻れば、お前の病床もそのままあって、僕は何の造作もなくお前の枕頭に坐れるかもしれない……。とかすかな希望を抱く。
その家はまだあった。
けれどもそこには………。

僕はあのネルヴァルが書いたという「夢と人生」はまだ読んだことがないのだ。
けれども、僕は……。


原民喜はやっぱり“詩人”なのだなあとしみじみ思う。
とても切ない文章なのだ。
と同時にハッとするほどとても美しい文章だった。
             (2016年03月13日 本が好き!投稿)