あらゆるものの輪郭がおぼろになっていく、とベス姉がため息まじりにつぶやき
罠をしかけているのだ、と長身の老人は言った。言ったように聞こえた。
など、おもむろに語りはじめるかと思うと、しばらく前からその存在には気づいていた。
夜の底に湯気がゆらゆらと吸い込まれていった。
暗かった。そこが部屋の中だということも最初はわからなかった。
などと、じわじわと不穏な雰囲気をにじませながら口火を切ったり、
早朝に目覚めてカーテンは表から、すなわち外の通りから見えるほうが裏側なのだろうか
と考えてみたり、フランスの地方都市で詩人の家に居候していたときのことだ。
などと、回想してみせたりする。
いずれも数ページの41篇もの作品を収録した掌編小説集は、時に連作短篇のようであり、エッセイのようにも読め、ホラーの様相を呈していることも、長編小説の一場面のように思えることも。
いろいろな顔を持っているにもかかわらず、そのどれもが、とても鮮やかに場面場面を読み手に思い浮かばせる。
そういえばこんなくだりがあった。思い出そうとするが、絵で見た光景だったのか、あるいは小説の一場面だったのか
虚構と現実のあわいをさまよい続けていれば、探していた景色にいつか出会えるのだろうか。
本を読みながら思い浮かべたあの情景、あの風景が、実際に目にしたものであるかのように私の記憶の中に埋もれていく。