かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『夜の潜水艦』

 

夜の潜水艦

夜の潜水艦

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1990年生まれ。デビュー短編集『夜晩的潜水艇』で中国版本屋大賞を受賞したという福建省出身の若手作家の作品集。

収録作品は、夜の潜水艦/竹峰寺 鍵と碑の物語/彩筆伝承/裁雲記/杜氏/李茵の湖/尺波/音楽家の8篇。

1966年のある寒い夜、ボルヘスは汽船の甲板に立ち、海に向けて一枚の硬貨を抛った。(『夜の潜水艦』)
書き出しを読んで、ここにもまたボルヘスに魅せられた作家が!と思うも、連れて行かれるのは、思いも寄らぬところ。


勝事空しく自ら知りぬ(勝事空自知/そのすばらしさは、自分よりほか知るよしもない)
王維の漢詩の一節からこんな物語が生まれるとは…!と思わず感嘆するのは『彩筆伝承』

「ちゅんとする」というのは僕たちの地元の言葉で、あのわけもなく鬱々とした気分をいい、郷愁や人恋しさ、しょんぼりする感覚に似ている。日常のこまごまとした悩みを別の言葉で表しているのだ。胸が締めつけられると言ってもいいが、それでは重すぎるから、僕は「ちゅん」という表現に賛成だ。まるで一羽の鳥が心の中でちゅんちゅんと、小声だが頑固に鳴いているようだ。

『李茵の湖』のこの一節をノートに書き写して、私もまたちゅんとする。


1931年、ソ連作曲家同盟の成立後、政府は楽曲審査部門専門の組織を設置した。審査を通過した曲だけがコンサートや劇場で演奏を許され、楽譜を出版できた。だが、この組織の最大の問題は、専門家の信頼性を保障できないことにあった。音楽家の間には友情や齟齬があり、私情にとらわれないようにすることは困難だったし、専門家自身も創作者であり、今日はまだリストに載せられていなくても、明日は断罪されるかもしれなかった。そこで考え出されたのが、共感覚者の採用だった。
それは、複数の共感覚者に同じ楽曲を聴かせ、音楽が彼らの脳内で起こすイメージを記録させ、複数の記録を比較して、その内容を思想面で審査するというものだった……。
トリを飾る『音楽家』が描き出す情景に魅せられながら、作家の幅の広さに感服する。

その知識に脱帽し、心地よい品の良さにうっとりと身をゆだね、バラエティーに富んだ物語たちの完成度に驚く。

また一人、追いかけなければと思う作家に出会った。