かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『桜の園』から『斜陽』に芋づる。

 

斜陽 (新潮文庫)

斜陽 (新潮文庫)

 

 10代の頃から 『人間失格を愛読してきた私にも、読みながら“苦手だ”と思った太宰作品はあるわけで、その代表作(?)が本作だった。


離婚歴があり、母親の元で暮らすかず子を語り手に、没落貴族の家庭を描いたこの作品は、かず子が激しく想いを寄せる相手が、妻子ある流行作家の上原であることや、その強引とも思えるアプローチに閉口したこともあって、10代の女の子には、冒頭の上品に“スウプ”を召し上がるお母様の描写以外、好感がもてるところがなかったのだ。


けれども、先日偶然手にしたチェーホフの 『桜の園を読んで、そういえば、確か『斜陽』はこの作品に影響を受けて書いた作品だったはずだと思い出し、今回、数十年ぶりに再読してみることにした。


桜の園』は、一家が桜の木が象徴する住み慣れた屋敷を離れるところで幕を下ろすが、『斜陽』は、母娘が住み慣れた都会の邸宅を手放し、田舎へと引っ越しをした後の、慣れない不自由な暮らしぶりや、戦地から戻ったもののすさんだ生活を送る弟の様子、“変化”を求めてやまない主人公の葛藤など、いわば太宰流の『桜の園』その後を描いた作品だ。


この作品、実は太宰の愛人であった太田静子の日記を土台にして書かれているのだという。
彼女の日記がなかったら、あるいはこの作品は生まれなかったかもしれないが、太宰治がいなければ、彼女の日記がこれほど読み継がれる物語を産み落とすことは出来なかったに違いない。
今回再読して改めてそのことを実感した。
なぜなら、主人公であるかず子、その弟で薬物や酒におぼれる直治、最後の貴族といった風情の姉弟のお母様、そしてかず子が愛する流行作家上原、主な登場人物であるそれぞれが、それぞれに太宰の分身としての役割を担っているように思われたから。


あの人の苦悩も、この人の葛藤も、あの人の諦めも、この人の希望も……あそこにも太宰、ここにも太宰……という具合。


たった一度会って、たった一度接吻をしただけの男に、熱烈なラブレターを送りつけ、押しかけの愛人になることを望むかず子の心理には、共感し難いものがあるとずっと思い続けてきたし、その思いは今回の再読でも変わることがなかったけれど、たった一つ、かず子に共感できることがあることに気づいた。


かず子は上原に宛てた手紙の中で、彼に向かってM・Cと呼びかける。
…マイ、チェホフ
…マイ、チャイルド
…マイ、コメデアン
うんうん、わかるわかる!太宰治はきっとそういう男だし、そこがまたたまらない魅力なんだよねえ?!


それにしても、自分の駄目さ加減と共に、自分のチャームポイントを心憎いほど的確に表現し、愛人の日記を元に文学史上に残るベストセラー小説を書き、その作品の中で本妻の魅力まで大いに語ってしまう太宰って……やっぱり……。

                  (2013.2.13 本が好き!投稿)