かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『世界の文学、文学の世界』

 

世界の文学、文学の世界

世界の文学、文学の世界

  • 発売日: 2020/04/01
  • メディア: 単行本
 

 近頃よく「世界文学」という言葉を目にするようになった気がする。
もちろん「世界文学全集」なんてものはかなり以前からあったわけだから
特に目新しい言葉だというわけではないのだけれど。

もしかすると「世界文学」なるものの中身は、
時代とともに移り変わっていくもので、
ここ数年、その変化が著しいということなのかもしれない。

もっとも「世界文学」というものは「世界地図」と同じで、
どこに基準を置くかによって、
見えてくるものが違ってくるものではないかという気もしていて
誰があるいはどの出版社が編むかによって
「世界文学」のラインナップは大きく変わってくるに違いない。


“東欧の想像力シリーズ”でもお馴染みの松籟社
“世界の様々な場所で生み出された短篇を集めた本を作る”と聞いたときから
この本は絶対読もうと決めていたのだが、
手に取ってみて改めて驚く。
いやもう何がスゴイって、
イタリア、シリア、イラン、イスラエルアルバニアバスク、エジプト、タイ…と
様々な国や地域の様々な言語で書かれた17作品のうち、
日本語で書かれた1作品をのぞくすべてが、
重訳ではなく、書かれた言語から直接、日本語に翻訳されているという点がすごい。

様々な言語からの翻訳が可能になった翻訳家の充実ぶり、
これこそがまさに日本における「世界文学」の広がりの
最も大きな要因なのではないかともおもう。

そしてこの本、構成も面白い。

作品掲載の後、見開き(2ページ)で作家の紹介があり、
その後、作品を鑑賞する上でキーワードとなる言葉を2つずつ取り上げ、
それぞれにその言葉がもつ意味や関連書籍などが紹介されている。

目次には作者名、訳者名に、国または地域と作品のキーワードと情報が盛られているが、
個々の作品の冒頭には作品のタイトルと、
作家と訳者の名前だけが掲げられていて、
どこの国のあるいは何語で書かれた作品なのかといったことは記されていない。

私のように目次を飛ばしていきなり本篇から読み始めるタイプの読者は

『ヴァンダ』ヴァスコ・プラトリーニ[訳]小久保真理江
とだけ紹介されて、予備知識なしに読み始めることになる。
ちなみにヴァンダは、瞳は黒くて、少しだけ金色が入っている金髪の女性だ。

これが
『たったの一九・九九シェケル(税、送料込)で』
エトガル・ケレット [訳]細田和江

となれば、あのケレットだ。
イスラエルの作品だと、読む前からわかりはするが、

『庭』エルネスト・コリチ [訳]小林久子
などといわれても、正直全く見当がつかない。
つかないまま読み始め、
だんだんとわかってくるというのもまたなかなかオツなものだった。

とはいえ、
『密林の紳士たち』 ジョモ・ケニヤッタ [訳]浦野郁
にはおどろいた。
激しい雷雨に見舞われたゾウが、
人間の友だちの住む小屋に雨宿りを乞う場面からはじまる物語を
どんな寓話なのかと思いつつ読み進めると、
「え?これがオチ!?」と思わず首をかしげてしまうラストを迎える。
なんだかキツネにつままれたような気分になりつつも、
作家紹介へと読み進めると
「ええっ!?」と思わず声を上げ、
慌てて数ページもどって、最初から作品を読み直す。
なんということだ!
なんという作品なんだ!!

もうこれは、ぜひ、解説込みで読んでみて欲しい!としか言いようがない。


そして、またこれも驚くべきことだとおもうが、
16人の翻訳者のうち、英語圏の文学を専門にしているのは、
この『密林の紳士たち』を訳された浦野氏ただ一人。

その事実だけでも、どれだけユニークで豊かな作品群かが想像頂けるのではなかろうか。

ちなみに日本文学からは
尾崎翠の『アップルパイの午後』が紹介されている。
世界各地の様々な味を試しつつ味わう日本のアップルパイはこれ、
作家の短篇集で読むのとはまたちょっと、違った味がするような気がした。