かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ニッケル・ボーイズ』

 

ニッケル・ボーイズ

ニッケル・ボーイズ

 

 あの 『地下鉄道』の著者が、2度目のピュリッツァー賞を受賞した。
しかも今回の翻訳は藤井光さんだ。
これはなんとしても読まなくては!と、期待に胸を膨らませて手にした本だ。

『地下鉄道』同様、本作もフィクションではあるが、今回の物語はフロリダ州マリアーナのドジアー男子学校で実際におこった事件が元になっているのだという。

(こんなことが、本当に?)と読みながら何度も自問する。
いや、こんなことが当たり前のようにあったことは想像に難くないのだ。
ないのだけれど、そうと認めるのがつらすぎて、ページをめくる手が何度か止まる。
それでもやはり、読みふけらずにはいられない筆力があって、最後まで読まねばわからぬ衝撃もある。


こんな物語だ。

開発が進められていた土地から身元不明の遺体が続々と発見される。
その場所はかつて少年向けの更生施設「ニッケル校」があった場所だった。
もちろんその呪われた土地のことを、かつての生徒たちは全員知っていた。
だがその“秘密の墓地”は、ひとり目の少年が縛り上げられてジャガイモ用の袋に入れられ、そこに捨てられてから数十年後、南フロリダ大学のある学生の“発見”によって、ようやく世間に知られることになったのだった。

時を遡ること半世紀。
祖母と二人で暮らしながら必死に勉強し、アルバイトで学費をためつつ大学進学を夢見ていたアフリカ系アメリカ人エルウッド。
マーティン=ルーサー・キング牧師の言葉に瞳を輝かせ、報じられる公民権運動に憧れていた少年は、大学の授業を受ける機会を得るものの、登校初日に無実の罪で逮捕され、更生施設であるニッケル校へと収容されてしまう。

私たちを刑務所に放り込んだとしても、私たちはあなたがたを愛するでしょう。私たちの家を爆破し、子どもたちを脅したとしても、どれほど困難であっても私たちはそれでもあなたがたを愛するでしょう。頭巾をかぶった暴力の手先たちを、真夜中過ぎに私たちの住む地区に送り込んできて、私たちに暴行を加えさせて半殺しにしたとしても、それでもあなたがたを愛するでしょう。だが、これは断言しておきます。私たちは、耐え忍ぶという能力によってあなたがたを疲労させ、いつの日か自由を勝ち取るのです。


かつて演説の中でキング牧師はそういっていた。

以前のエルウッドにとっては、それは理解しようと試みるべき抽象的な言葉だった。
ニッケル校での生活の中で、耐え忍ぶという能力は培われた。
それがなければ死んでいただろう。
すさまじいまでの暴力と虐待を耐え忍びながら、息をし、食べ、夢見ていた。
それが彼の、彼らの人生だった。
だが機会があれば自分たちを破壊してくるような人々を愛するとなると、話はべつだ。
何ということを求めるのか。何という。ありえないことを。
エルウッドは大きく首をふるのだった。

でも、では、どうすれば……。


物語は1960年代と現代を行き来しながら進行する。
同時にその少し前、1950年代~60年代の公民権運動のことや、アメリカ南部の地域性などもごく自然に盛り込み、そうしたものの中から時代背景を読み取ることができる構成になっている。

過去を振り返る今の視点と当時の視点が効果的に切り替わることで、過去の出来事が、私たちが今、目の当たりにしている現代の様々な問題に結びついていることを感じ取ることも出来る。

衝撃のラストまで読み終えたとき、巧みな構成と物語が訴えかけるものの大きさに打ちのめされていた。