かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『セヘルが見なかった夜明け』

 

セヘルが見なかった夜明け

セヘルが見なかった夜明け

 

 1973年生まれの著者は、トルコの東アナトリアのエラズー出身。
少数民族ザザにルーツをもつクルド系の作家で、
法律家でもあり、人権活動家でもあり、政治家でもある。
2014年には大統領選に出馬し、
落選はしたものの自身が共同党首をつとめる政党の躍進させ
人気と知名度を上げた。
2016年11月にテロ教唆・支援の疑いで身柄を拘束され、
現在も刑務所に収監されているが、
創作活動を続けるだけでなく、
2018年にはなんと獄中から大統領選挙に立候補をしたという。

そういう作家が書いた本だと事前に聞き知っていたので、
薄さと装丁に騙されることなく
ある種の覚悟を持って読み始めたつもりの短篇集だったのだが、
巻頭作でいきなり脱力。

「我々の内なる男」などというなにやらいかめしいタイトルの物語なのに
刑務所の屋根に巣をかけた雀の夫婦の話なのだ。
いやはや寓話にしたって雀だもの。
情けない雀の夫にムッとしつつも、
ふっと肩の力を抜いた。

そのまま2作目に移ると
工場で働く22歳の女性「セへル」が現れ、
彼女の恋の行方を追うことになるのだが……。

セヘルがなぜ夜明けを見ることができなかったのか。
正直これはきつかった。

こんなにも胸が痛く苦しいのは
遠い国の異なる宗教、異なる価値観を持った人たちの中にあって
今なおセヘルと同じような苦しみを味わう女性たちがいるからというだけでなく、
その信じられないような残酷な結末と地続きの現実が
世界中の多くの女性たちを取り巻いているからだ。
被害者でありながら、責められるという現実が。

セヘルに別れを告げた後も
彼女のことを忘れることができず、
新たなページをめくる勇気を持つまでに数日を要した。

それでも再び読み始めれば
それぞれが読み応えのある作品で
冤罪やテロや児童就労など、深刻な社会問題を扱いながらも
語り口はおだやかで、ユーモラスですらあって、
だからこそ尚更、
そういう厳しい現実がなにも特別なことではなく
当たり前の日常である事が伝わってくる。

12篇の最後におさめられている「歴史の如き孤独」
1篇の傑作小説を通じて、
都会で暮らす娘が疎遠になっていた父の秘密に触れる物語に
心を慰められた。