かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『イザベルに: ある曼荼羅』

 

その男の名はタデウシュ。
彼はイザベルを探している。
ポケットにカエルを詰め込み周囲の注目を浴びながら共に歩いたという幼なじみを訪ね
目に入れても痛くないほどのたっぷりの愛情を注いだという乳母に話を聞き
サラザール時代に思想犯を収容していた監獄の看守に彼女の生死を問いただす。
彼女を救い出したという組織の一員だった写真家をみつけだし
彼女が旅立ったというマカオにも足をむける。

イザベル捜索網は次第にその円を縮め核心に迫っているかのように思える一方で
あの人に聞いたイザベルと
この人に聞いたイザベルが
果たして同じ人物なのかという不安もぬぐい去ることが出来ない。

気がつけばイザベルを巡るいくつもの円が出来ているようにも思え
その円の中心、あるいはどこか重なり合う部分に
彼女が立っているのかもしれないと
淡い期待をもって旅を続ける。

そうしてようやくたどり着いたその先で
彼に投げかけられた言葉はそのまま、
彼とともに旅を続けてきた私にもぶつけられる。
あなたの旅は他の誰のためでもない
自分自身のための自分自身を探す旅なのだと。


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タブッキを知る読者の中には
タデウシュやイザベルという名前に聞き覚えのある人がいるだろう。
そう、かつて  『レクイエム』に登場した二人。
今回はあのタデウシュがイザベルを探す物語だ。
そしてこの物語は2012年に亡くなってから初めて世に出た
タブッキ初の遺稿小説でもある。

といっても、亡くなる直前に書かれたものではなく、
タブッキの他の小説がそうであったように
数年前に書かれた物語は、完成後暫く眠りにつき、
亡くなる前の年にふたたび作家の元に呼び覚まされたのだという。
そのとき、作家は作品にもう一度手を入れて推敲するつもりだったのかもしれないし
そのまま世に送り出すつもりだったのかもしれないが、
いずれにしてもそれは彼の生前には果たされなかった。

けれども、タブッキのことだ。
たぶん、いやきっと、国境を越え、時空を越え、生と死の狭間も越え、
あちこち旅をしているに違いなく、
ことによると今も、登場人物達を訪ね歩き
新たな物語を紡いでいるのかもしれない。
あるいは、どこかで……。

              (2015年04月07日 本が好き!投稿