かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『古森の秘密 (はじめて出逢う世界のおはなし)』

 

ディーノ・ブッツァーティは1906年生まれのイタリアの作家で、ジャーナリストでもあり、画家でもあり、詩人でもある多才な人だったようだ。
作家としてのデビューは1927年で、本作『古森の秘密(原題:Il Segreto Bosco Vecchio)』は、1935年に発表された2作目の長編作品だ。

物語は1925年の春に始まる。
その年、イタリアではムッソリーニ独裁政権が誕生している。
とはいえ、この物語には表だった政治色は見られない。

バスティアーノ・プローコロ大佐は軍を退役し、亡くなった叔父モッロの土地を相続するためにその森にやってきた。
彼が相続した土地には古森が含まれていたのだが、この森の木々には精霊が宿るといわれていて、地元の人々はこの森を大事に守り、亡くなったモッロ叔父を含めこれまで誰も森の木々を切り倒そうとはしなかったという。

だがそんな慣習は全く意に介さないプローコロは、直ちに伐採に着手して木材を売り払おうと考えていた。
彼はそのための手段は選ばず、人間の姿を借りて森を守ってきた精霊ベルナルディの妨害を排除すべく、洞窟に閉じ込められていた暴風マッテーオを解放し、その見返りに自分のために働くようにと命じるのだった。

それだけではない。後見人として自分が庇護すべき甥ベンヴェヌート少年を亡き者にしようとさえ企てる。
なぜなら大佐が相続した土地はモッロの所有地の一部分でしかなく、残りのより広大な土地はベンヴェヌート少年が相続していたからだった。

古森に住む精霊たち、人と会話が出来るカササギやフクロウ、強い力を誇示する風、ファンタジックな設定をふんだんに盛り込んだ物語はしかし、深い森そのもののようにどこか不気味な雰囲気さえ漂わせながら静かに展開していく。

穏やかな森の暮らしが力でねじ伏せようという権力者によって乱されていく様が描かれる一方で、ベンヴェヌート(“来てくれて喜ばしい人”=“ようこそ”の意がある)という名前を持つ少年が、子どもの持つ純真さを象徴するかのように森とそこに住むものたちに愛されている様子が描かれる。
だがそんな少年の持つ魅力も、彼の成長に伴って確実に失われていくであろうこともまた予感させる展開になっているのだ。

もっとも著者は横暴きわまりないプローコロ大佐をもそのまま見捨てたりはしない。

そうこれは、成長という名の喪失の話であると同時に、失っていたものを取り戻す再生の話でもある。
生まれ落ち、育まれ、朽ち、やがて再生する、まさしく森の秘密を語る物語だった。



尚、本書は2016年7月に翻訳出版されたのだが、そのひと月ほど前に岩波少年文庫から同じ作品が川端則子さんの訳で出版されている。

私はどちらの訳で読むか少々迷い、結局この東宣出版を選んだ。
といっても読み比べて決めた訳ではない。
事前に得た情報で、一見したところ岩波のそれが改行やルビが多く“ですます”調であるのに対し、本書は“である”調でパラグラフが長め、ルビが全くないと知ったので、私にはこちらの方が読みやすそうだと本書を選択した次第。

読みおえてみるとこの訳文は、年代を追うように語られ、所々に「これは誰それの証言に基づく」などという註釈を加えたルポルタージュ風の構成によく合っているように思われた。

               (2016年11月09日 本が好き!投稿