かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『消えたソンタクホテルの支配人』

 

1910年の韓国併合によって日本の植民地支配がはじまる3年前、1907年に実際に起きたある事件を元に創作された韓国のYA小説。

舞台は漢城(ハンソン:現在のソウル)。
物語の主人公は16歳の少年、正根(チョングン)。
数年前に父を亡くし、去年、病床にあった母も亡くした彼の頼りは、大韓帝国侍衛隊(王の近衛)に属する10歳違いの兄だけだった。
こうした事情から、通っていた外国語学校のフランス語学科で学び続けることを断念し、兄の紹介でソンタクホテルの給仕として働くことに。
ここで働けば、少ないが給料がもらえて、外国人と仕事をしながら外国語や礼儀を身につけることができると考えたからだった。

ソンタクホテルは、1902年に建てられた西洋式の格式高いホテルで、国賓級の客を迎える迎賓館の役割を果たしてもいた。
その経営者であるソンタク女史は、ロシア公使ウェーベルの親族だという外国人だが、この地に住んで20年ほどにもなり、韓国語も堪能で、皇帝・高宗の側近として皇室典礼官もつとめる人物だった。

先輩給仕のいびりに耐えながらも、懸命に仕事を覚え、熱心に働く正根。

ところがこのソンタクホテルで伊藤博文統監主催の晩餐会が開かれた翌日、ソンタク女史が姿を消してしまうのだ。

何者かに拉致されたのか、自ら身を隠したのかはわからないが、なんらかの事件に巻き込まれた可能性があると考えた正根は、ホテルに隣接する梨花学堂の女学生福林(ボンニム)の協力を得て、ソンタク女史の行方を追うことに。

歴史的建造物がならぶ貞洞通り(チョンドンギル) を舞台とし、歴史に名を残すそうそうたる面々を相手どって、10代半ばの若者たちが活躍する探偵物語は、筋運びに少々荒さはあるもののスリルたっぷり。
だがしかし事件の背景には、若者たちが立ち向かうにはあまりにも重い現実があった。

前提となっている史実や登場人物たちや建造物にまつわるエピソードは、韓国の若者にとっては常識の範疇なのだろう。
とりわけ日本の年若い読者にはあまりなじみのないものもあると思われるが、巻末にどれが史実でどこがフィクションかという解説も含めた作者による注釈もあるので、ここからあれこれ興味をもって、知識を広げていくのもいいかもしれない。

なにしろ貞洞通り(チョンドンギル)は、恋人たちのデートスポットとしても名の知れた趣のある通りなのだ。
韓国旅行に行く前に読んでおいても損はない。
あいにくデートの予定はないが、次にソウルに行く際には、必ずチョンドンギルに行ってみなければとガイドブックに印をつけた。