かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)』

 

ゴミの臭いが漂う薄汚い穴蔵で、初めてワインを口にしたとき、オモンはすべてを理解した。
人の一生が過ぎる穴蔵は確かに暗く汚く、あるいは自分たちにはそんな場所こそが似つかわしいのかも知れない。けれども星がまばたく頭上には、星座の合間をぬうように人工の光が輝いている。そうだソヴィエトはあの冷たい純粋な青の中に、小さな大使館を持っているんだ!
そうして彼は決意したのだ、宇宙飛行士になることを。


アメリカが有人月面着陸を果たしたとされる時期、ソ連には同等の技術力は無かったが、それでもここで後れをとるわけにはいかないと、いそいで「無人」探査機を送り込む。
だけどちょっと考えればわかることだ。
勝手に行って勝手に探査してきてくれる機械をつくるには、相当な資金と技術が必要なはずだって!
仕方がない、足りないものは「愛国心」で補うか?!


かくして、子どものころからの夢を実現し、宇宙飛行士になったはいいが、オモンの偉業はトップシークレットとしてほとんど誰にも知られることがないという事態になる?!
(いったいどんな事態かって?それは読んでのお楽しみ!)


幼い日、無神論の事典からお気に入りの神様として、ラーを選んだオモン少年。
彼の夢が宇宙飛行士というところまでは、ごく普通の物語だったのだけれど?!
スペース・ファンタジーと銘打ってはいるが、これは、かなりヘビーな物語。
荒唐無稽の話のようで、もしかして本当にあったこと?本当であってもおかしくないかもしれない……と、頭の中はパニックに?!
読みながら笑って良いのか、泣いて良いのかわからない?!


ソ連が崩壊した翌年に発表されたというこの作品。
次から次へと語られる途方もない話の連続の中に、旧体制への辛辣な批判が含まれていることは疑いようがない。
それがあまりにどぎついので、本国では賞賛の声とともに、「ソヴィエトの達成をこれほど愚弄してもいいものか」といった声もあったという。


…がしかし、ソ連崩壊から歳月を経た今になって読んでみると、果たしてこれらの批判が、ソ連だけに向けられるべきものなのかどうか……とんでも話の中になぜだか背筋がぞくぞくするそんな鋭さが潜んでいるのではという気がしてくる。


なんといっても、今の世の中、ないものをあるはずだといって戦争を始める国があるぐらいだ。
無いものをあると思い込ませようとする人たちがいる一方で、無い驚異もあるといった方が、都合の良い人たちだっているかもしれない。


どう考えてもこの不思議な読後感は、万人にお勧めというよりは、特定の「あなたに」お勧めです!という感じ。

それがこれを読んでくれている「あなた」かどうかは、私にはわからないけれどね?!

                 (2012年02月07日 本が好き!投稿