かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『氷の城』

 

日本ではこれまで“タリエイ・ヴェースオース”と表記されていたと思うが、タリアイ・ヴェーソス(Tarjei Vesaas, 1897-1970)は、何度もノーベル文学賞候補にあがったことがあるというノルウェーの国民的作家だ。

けれども日本では『氷の城』(The Ice Palace, Is-slottet, 1963)が、1972年に福田貴氏の翻訳(既に絶版)で紹介されたことがあるだけという、有名だが(日本語では)読めない作家として知られてきた。

国書刊行会ときたら、その『氷の城』を新訳で刊行するだけでなく、タリアイ・ヴェーソスコレクションと称して、もう一つの代表長篇『鳥』(The Birds, Fuglane, 1957)と、短篇集『風』(The Winds, Vindane, 1952)を加えた全3巻の刊行を予定しているというのだから、否が応でも期待が高まる。

そんなこんなで、いそいそと手にとってのは、前々から気になっていた『氷の城』だ。


クラスの中心的存在である主人公シスと、転校生で寡黙な少女ウン。
互いのことが気になる二人だったが、なかなか接点が見いだせずにいた。

そんなある日、ついに約束を交わして、放課後、シスがウンの家を訪れることに。
はじめて二人きりで過ごした時間は、さほど長くはなかったが、お互いの結びつきを認識するには十分だった。

けれども明くる日、ウンは学校をサボって出かけた“氷の城”にとらわれて、行方知れずに。

大人たちの懸命な捜索にもかかわらず、ウンは見つからない。
周囲から「ウンから何か聞いていないか」「前日どんな会話を交わしたのか」と、何度も問いただされるシスだったが、沈黙の誓いを立てたシスは、ひたすら口を閉ざす。
さらには、心も閉ざして、孤立していくのだった。

なにもかもが凍てつく冬から雪解けの春まで、ノルウェーの美しく厳しい自然に、一人の少女の成長を重ね合わせて描く物語は、謎は謎のまま、全てを語り尽くしはしない。

だが、きっとそれでいいのだ。
人は誰も、自分のことも他人のことも「わかったような気に」なってしまいがちだが、結局のところ、わかっていることより、わからないことの方がはるかに多く、それでも時にその場で足踏みをしながらも、一歩一歩手探りで、進んでいくことしかできないのだから。