かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』

 

真っ暗なのに光が見え、飾らない言葉に息遣いを感じさせるルシア・ベルリンの初邦訳作品集『掃除婦のための手引き書』
あまりにも素晴らしかったから、短篇集の第2弾が出ると知ってすごく楽しみにしていた。
楽しみ過ぎて、読むのが勿体ないと思うぐらいに。
同時に、少し不安でもあった。
初対面の感動が薄れて、どこか見慣れた平凡な印象になってしまわないかと。

けれどもひとたびページをめくりはじめれば、そんな心配は全く必要がないことがあきらかに。

3度の結婚、3度の離婚。
学校教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働きながら、シングルマザーとして、4人の息子を育てる。
アルコール依存症に苦しんで、末期癌の妹の傍らに寄り添ったりも。
そんな実体験を色濃く反映しているという物語たち。

この本には、底本である短編集 A Manual for Cleaning Women から、『掃除婦のための手引き書』に収録しきれなかった19編が収録されている。

『掃除婦のための手引き書』が24編で290頁ほど、この本は19編で367ページということからもわかるように、『掃除婦…』に比べると少し長めの作品が多い。

そのため、内容がわかりやすく読みやすい作品も多いが、反面、意外性は少なく深刻さの度合いも増す。

病院の受付に鳴り響く電話。なかなかこない担当医。
床の修理にやってきた、太った男の臭い息。
行ったことのないメキシコの海辺や、見たことのない魚が泳ぐ深い海の底を、どうしてこんなにくっきりと読み手の脳裏に描き出すことが出来るのか。

交わされる会話といくつかの心のつぶやきに情景描写を重ね合わせた、ただそれだけのことなのに、この熱量、この湿気。

語り手に向かって、心の中で何度も何度も言いかける。
「美しい思い出は美しいままにしておくのが一番よ」
「いくら子どもの父親でも、薬物依存のそんな男とは別れなさい」
「息子の友だちと真剣に付き合ったところで、いったいその先どうなるというの」
「あなたにはもっと別の道があるのでは…」
だがそんなこと、誰に言われるまでもなく、彼女が一番わかっているはずだけれど…。

目の前で交わされる愛と痛々しいまでの苦悩、かすかな希望と深い絶望。

もしかしたら私、なにか悪い病気になったかもしれないと思うぐらいに、胸がキュッと苦しくて、そのくせ読むのをやめられない。

寂しがりやでやさしくて、愛情深いが愛に飢えていて、才能溢れて夢見がちで、どんなときでもユーモアがあって、それだけに人に誤解されもする。

目の前にいたならきっと、本当に困った人だと思うだろうに、どうしてあなたはこんなにも、私を惹きつけてやまないのか。

そんなことを考えながら、気がつけばまたページをめくり始める。