かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』

 

ソウル市内の閑静な住宅街にオープンした「ヒュナム洞書店」。
店主のヨンジュは30代の女性で、なにやら“訳あり”であることは、青白い顔をして店に座りこみ、時折涙を流していることからも明かで、物珍しさも手伝って店を訪れた地元の客は、まるで彼女のプライベートな空間をのぞき込んでしまったような気になって、いたたまれなくなってしまうのだった。

ネット投稿から人気が出て出版にこぎ着け、韓国で25万部を突破したベストセラー小説。
いわゆる“独立系書店”の新米店主と店に集う人々を描いた“本と書店が人をつなぐ物語”とのうたい文句に惹かれて手にした本。

なかなかペースが上がらなかったのは、店一軒構えるというのに、いくらなんでもこの店主、覚悟がなさ過ぎなのでは……という批判的な気持ちが拭えなかったのが大きな要因だ。

子どもの頃からの夢だった本屋になる……というのはいい。
だが、店を開くためには開業資金だけでなく、運転資金も必要だし、売上から経費を差し引き、自分の食い扶持も稼がねばならない。
従業員を雇うとなれば、たとえ利益が無くても給与を払わなければならないし、結局うまく行かなくて店をたたむことになったなら、たたむ費用だって必要なはずだ。
けれどもこの店主、覚悟も見通しも甘すぎるように思われて、周りに迷惑を掛けまくる未来しかみえなかったのだ。

それでも、ヨンジュの本好きは本物のようで、本のことを語るくだりはなかなか読ませるし、もう少し、もう少しだけ読んでみようと、ページをめくると、次第に気力を取り戻した彼女が、売り物の本にその魅力を語るメッセージを添えたり、SNSを使って本の話題や店の魅力を発信したり、トークイベントを開催したりと、あれやこれやと奮闘し始めた。

同時に就活に失敗して書店でバリスタのアルバイトをはじめたミンジュンや、夫の愚痴をこぼすコーヒー業者のジミ、無気力な高校生ミンチョルとその母ミンチョルオンマ、ネットでブログが炎上した作家のスンウ等々、店に集う“常連”たちそれぞれの悩みや互いの交流を通じたハートフルな物語が展開されて……まあ、それ自体はお約束と言えばお約束ではあるのだけれど……読み心地は悪くない。

「書店はどんな姿であるべきか?」「良い本を推薦できるだろうか?」「あなたの文章はあなた自身とどれくらい似ていますか?」「書店を開いて食べていけるだろうか?」「何が書店を存続させるのか?」こんな章立ても興味深い。

一人の人間というのは結局、一つの島なのではないでしょうか。島のように独りで、島のように孤独で。独りだから、孤独だから悪い、というわけではないとも思います。独りだから自由だったり、孤独だから深みが増したりすることもあるからです。わたしが好きなのは、登場人物たちが島のように書かれている小説です。そしてわたしが愛するのは、島のように生きていたそれぞれの人物がお互いを見つけ出す小説です。



実在するとある翻訳小説に店主が添えたメッセージは、そのまま、作者がこの本で描きたかった物語のありようなのではないかと思った。