かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『作家の秘められた人生』

 

 1964年、アメリカ人の父とフランス人の母との間にニューヨークで生まれたネイサン・フォウルズは、パリ近郊で幼年期を過ごしたあと、アメリカで学び、イエール大学で法学と政治学を修めた。
卒業後は人道支援の世界に飛び込み、紛争地域で活動をしたという。

1993年、ニューヨークに戻ったフォウルズは、精神科の病院に収容された10代の少女が体験する数々の出来事を描いた最初の小説『ローレライ・ストレンジ』を発表。
作品は口コミで広まり、時間をかけて徐々に評価を上げ、ついにベストセラーの首位に躍り出た。
2年後に発表した長編小説でピューリッツァー賞を受賞している。

さらにパリに移り住んで、フランス語で執筆した3作目でも大きな成功を納めたが、その後、突然断筆宣言し、35歳で隠遁生活に入った。
地中海に浮かぶボーモン島に落ち着いて以来20年、1行の文章を発表することも、インタビューに応じることもいっさいなく、沈黙を守り続けていた。

読みながら(この作家、どんな作品を書いていたのかしら?)と検索しそうになって、ハッ!と思いとどまる。
これフィクションだったじゃないか!



文学青年のラファエルは、作家デビューを夢見ていたが行き詰まり、ボーモン島役場のホームページで見つけた書店員募集の求人広告に応募した。
きっとあのネイサン・フォウルズに会えるに違いないと信じて。

同じ時期、若き女性ジャーナリストのマティルドも島にやってきて、かなり強引な手法でフォウルズに接近しようとしていたのだった。

二人がそれぞれ、思惑と決意を胸に幻の作家に接触を試みていたその矢先、浜辺で女性の惨殺死体が見つかり、島は海上封鎖される非常事態に陥るのだった。


わざわざここで、殺人事件が起きるからには、作家の隠遁生活と何らかの関わりがあるに違いない。
作家志望のラファエルの言動にイライラし、腹に一物も二物もありそうなマティルドを警戒しつつ、気難しくて偏屈な隠遁作家像にありがちだな設定だななどと思いながらもページをめくり、岸壁と一体化した邸宅の描写に心奪われ、作家とは…、書くこととは…と問いかけながら、所々で紹介されるゾラやエーコプルーストといった作家たちの言葉に惹かれ……。
気がつけば、ノンストップで一気読み。

(ああそうきたか!)と、分かったつもりになっていたのに、どんでん返し!?
(そうだったのか!)と、納得しかけると、またもや、思わぬ方向に舵がとられ、思いっきり翻弄されて、(ええっ!?そっちか!)(今度こそ!?)と、作者の思うつぼにどっぷりはまって、翻弄されまくり……。
終わってみれば、なんとこんなところにヒントが!?

初めてのギヨーム・ミュッソ、堪能いたしました。 

『骸骨』

 

 この装丁だし、てっきりおどろおどろしく怖い話が沢山詰まっているに違いないと思い込んでいて、(寝る前には読めそうにないけれど、さていつ読もうか?)などと考えていたのだけれど、いざ読みはじめてみると、そういう心配は全く必要なかった。

中にはもちろん、ゾクッとするような話もあるのだが、収録されている17篇それぞれが全く違った味わいなので、ベッドの中で怖くなったらもう一篇、他の作品を読めば解決!


巻頭作「食後の夜話」は、いかにも『ボートの三人男』の著者らしい、人を煙に巻く持って回ったような言い回しで、読者を翻弄。

この調子でずっといくのかな?と思ったら、2作目の「ダンスのお相手」は、ガラッと雰囲気が変わって、腕のいい機械じかけの職人が作った作品の話。

3作目が表題作「骸骨」だったので、これはきっと怖いぞ!と肩に力を入れて読み始めたのだが……。
読了後は、ブランデーを1杯どうぞ。

という具合、作品毎にいろんな味が楽しめる。


「ディック・ダンカーマンの猫」の“主役”である緑の目をした猫も気になるし、古き伝説調の「海の都」もいい味を出している。
ロマンティックコメディ風の「チャールズとミヴァンウェイの話」も面白かった。

ゾクゾクする話を読んだあとに味わう「四階にきた男」には不思議と癒やされる気がするし、昔話風の「奏でのフィドル」では、予想外の展開が待っていた。

そしてなんといっても、私のイチオシは、ラストを飾る「ブルターニュのマルヴィーナ」!
かつて行き過ぎた悪戯が原因で追放された妖精が、現代に蘇り英国にやってくるこのファンタジーがもう素晴らしい!


ユーモラスな語り口の怪談あり、由緒正しい正統派の怪奇小説あり、奇跡譚あり、恋愛譚あり、SFもあって、妖精譚もある、この1冊でいろんな味が味わえて、一気に読むのはもったいないが、一気に読んでも飽きがこないので、ページをめくる手が止められない!そんな短篇集。

まさか「骸骨」を読んで、心洗われ癒やされる日が来ようとは、思ってもみなかった!?

『殺人ゲーム』

 

 夫マットの学生時代の友人の結婚式に
夫婦そろって招待されたジェマは
その友人ルーカスが大富豪で、
式の会場が海沿いにあるお城のような屋敷だと知って
はじめて顔を合わせる面々に気後れしつつも
好奇心を隠せなかった。

式の2日前から、招かれていたのは
マットとジェマの他に
アンドリューとその婚約者チャンドラ
ニックとイザベルの双子だった。

友人たちにとっても久しぶりの再会で、
それぞれが親交を深めていたが、
どこかぎこちない力関係や
禁句とされている事柄など、
新参者のジェマには理解しがたい雰囲気が漂っていた。

そうして迎えた結婚式の朝、
ルーカスの妹アレックスが水死体となって発見される。

アレックスの死は自殺とされたが、式は中止に。


その1年後の同じ日に、
ルーカスは1年前とそっくり同じメンバーを招待し
妹は自殺したのではなく殺されのだ。
犯人はこのメンバーの中にいるはずなので、
あの日を再現した「殺人ゲーム」を行って、
真実を明らかにすると宣言するのだった。

マットをはじめ集まった面々がなぜ
ルーカスのいうがままになるのか
ジェマには理解が出来なかったが、
否応なく「ゲーム」に巻き込まれていく。

そうこうしているうちに別の事件の捜査で警察が介入し、
さらに新たな事件が起こって……。


Twitterプレゼント企画に当選してKADOKAWAさんからいただいた本。

<英“サイコ・スリラーの女王”初邦訳!>
と聞いていたので、
おどろおどろしい展開なのか、
凄惨なシーンがあるかもしれないと、
こわごわページをめくり始めたが、
登場人物の行動や言動からその心理状態や動機を推理していく心理ゲームで、
ハラハラドキドキというよりは、
じっくり腰を据えて考えろ!という雰囲気。
といいつつ、読み始めたらやめられなくて、一気に読んでしまった。


語り手はジェマの他、
アレックスに、ルーカスの妻となるニーナと折々入れ替わる。

男たちは誰もが皆、秘密をかかえているようで、
展開にはさほど意外性はなかったが、
最終盤まで「真犯人」はわからなかった。

途中、捜査に当たる女性警察官ステファニーの
仕事と恋の間で悩む心のうちも明かされるのだが
この警察官カップルの互いを思いやる心持ちが
身勝手な人たちの心理戦の最中、唯一の救いか…と思ったら、
訳者あとがきで本作が
この女性警察官ステファニー・キングシリーズの
2作目なのだと明かされていてびっくり。
本篇を読んでいる間、全く気づかなかったなあ!
(ちなみに1作目は未邦訳とのこと)

でも確かに、
そう言われてみれば、美味しいところを持っていっていたか!

『氷柱の声』

 

 白い絵の具の上にさらに白を重ねながら息を、す、と止めて筆を走らせる。二〇一一年、二月のおわりのことだった。
こんな書き出しで始まる物語の主人公兼語り手の伊智花は、東日本大震災のあったその年、盛岡の高校の二年生だった。
作者もまた主人公と同じ年で、同じく盛岡の高校に通っていたというから、「等身大」の主人公ということなのだろうと、読み手は勝手に合点する。

美術部に所属する伊智花は、半年がかりで書き上げた滝の絵で、高校最期の夏に開催される絵画コンクールの最優秀賞を狙っていたのだが……。


二〇一六年、仙台の大学に進学した伊智花は、福島出身の二つ年下の医大生と知り合いになって……。

二〇一七年、彼氏と石巻の海を訪れて…。

主人公は、それなりにごちゃごちゃしつつも、それなりに充実した毎日を送り、友情をはぐくみ、恋をして、進学し、就職し、様々な人に出会いながら、歳を重ねていく。

けれどもそうしたあれこれの中、折ある毎に、「震災の影」がさして……。

いいや、そうではない。そうではないのだ。

主人公も主人公に連なるあの人もこの人も、震災をなかったことにはできないが、それをいうなら、程度の差こそあれ、あなたも私も、誰もがあの震災をなかったことになどできないではないか。

作家は、いわゆる“震災を乗り越え前向きに生きる若者たち”を描いたのではない。
ただ率直に自分と、自分と同世代の日常を書いたのだ。
そしてそれは、鋭さと同時にしなやかさや温かさが感じられる素晴らしい物語だった。

『曲亭の家』

 

お路には、
初めて顔を合わせた見合いの席から
既に嫌な予感があったのだ。
とはいえ、結婚は両家の親が決めるものであったし、
なによりも彼女自身が
「天下に名高い曲亭馬琴の家に嫁ぐ……」
その誘惑に抗えなかったのだ。
とはいえ、嫁いで半月もしないうちに、
激しく後悔することになったのだが……。


当代きっての人気作家曲亭馬琴の嫡男で
松前藩のお抱え医師でもある宗伯に嫁いだお路を主人公にすえ、
独裁的で横暴な舅馬琴と
いつもひとことふたこと多い姑、
何事にも父親第一で、病弱で無口、生真面目な性格ながら
一度キレると抑えが効かないかんしゃく持ちの夫との
暮らしぶりを軸に、
大長編里見八犬伝執筆の舞台裏に迫る物語。

独裁的な舅に常に振り回されて
八犬伝」のことを恨めしくさえ思っていたお路が
人はなぜ、読物、絵画、詩歌や芝居など、
衣食住に全く関わりのないものを、求めるのかを悟るとき、
読者もまた、
「そうそうそうなの!」とお路と作者に喝采を送ることになるのだが、
それでもやっぱり「嫁」の立場としては、
お路に深い同情をよせずにはいられなかった。

 

『家宝』

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『家宝』

“ルビーには、中にインクルージョンがある。
インクルージョンというのは異物のことで、宝石が不純なことを意味する。
それは小さな管であったり、気泡であったり、ルチルのように別の鉱物の破片ということもある。
ルビーの場合、それは品質の低下を意味するのではなく、むしろ反対で、それが保証になる、宝石が本物だという証拠だから”

マリア・ブラウリアにそう手ほどきをしたその男は、彼女の目をじっと見つめながら、君の結婚は少しこのルビーと似ていると、続けたのだった。

“確かに”と彼女は考える。
彼女の結婚には小さなインクルージョンがあった。
夫婦の間には、婚約の際に夫から贈られたルビーの指輪に関する重大な秘密があったし、裁判官だった夫は彼の私設秘書だった男性と親密な関係にあった。
そしてまた、彼女自身もその結婚生活に新たな秘密を付け加えもする。
もっとも、その秘密が、誰と誰の間で共有され、誰に対して秘されていたのかは、互いに確認し合うことがないだけに、誰にもわかり得ないことではあったけれど…。

1991年にブラジルで最高の文学賞と言われるジャブチ賞(小説部門)を受賞したというこの作品。
130ページほどの比較的短い作品の中に、語りのリズムや表現の美しさが感じられるのは、作家というより詩人として知られている著者の作品を、訳者が丁寧に訳したからに違いない。

真相は?真実は?と考えながら読み進めるうちに、「本物」の意味についてもまた考え始める。
この世に不純物を一切含まない純粋な物などあるのだろうか。
幸福とはいったいなんだろうか、と。
 

 

『病むことについて 新装版』

 

 ヴァージニア・ウルフがはじめて小説を世に送り出したのは、33歳の時のこと。
作品は『船出』だった。

そこから遡ること11年。
22歳の時、『ガーディアン』紙にはじめて書評が載って以来、彼女は多くの雑誌や新聞に、書評や伝記的記事、様々な分野にわたるエッセイなどを発表し続けた。

本書にはそんなウルフのエッセイから訳者が選んだ14篇と短編2篇が収録さている。
2002年に「大人の本棚」の1冊として刊行されたものの復刊新装版だ。

インフルエンザにかかったときの心象を描く表題作や、父の思い出を綴った「わが父レズリー・スティーブン」に、「遺贈品」と「雑種犬ジプシー」の2つの短編も興味深いが、とりわけ本好き仲間の皆さんにお勧めしたいのは、書物と読書に関わるエッセイだ。

伝記とはなにか?どうあるべきかを追求する「伝記という芸術」、
ウェイリー版『源氏物語』を評する「『源氏物語』を読んで」、
同時代作家の作品を批評することを妨げる理由はたくさんある。という書き出して始まる「E・M・フォースターの小説」、
あるいは「オーロラ・リー」。
「オーロラ・リー」といえば、あの 『フラッシュ』の飼い主、エリザベス・バレット・ブラウニングの代表作だ。
それについてウルフがあれこれ論じたものが面白くないはずはない。

そして、なんといってもすばらしいのが、「いかに読書すべきか」と「書評について」。
気に入った箇所を書き出そうとすると全文引き写してしまいそうなので、これはもうぜひ、この2つだけでも立ち読みでもなんでもいいから読んでみて欲しい!

本当のことをいえば、内緒にして、幾度となくこっそりと眺めていたいぐらいなのだけれど…ね。