白い絵の具の上にさらに白を重ねながら息を、す、と止めて筆を走らせる。二〇一一年、二月のおわりのことだった。
こんな書き出しで始まる物語の主人公兼語り手の伊智花は、東日本大震災のあったその年、盛岡の高校の二年生だった。
作者もまた主人公と同じ年で、同じく盛岡の高校に通っていたというから、「等身大」の主人公ということなのだろうと、読み手は勝手に合点する。
美術部に所属する伊智花は、半年がかりで書き上げた滝の絵で、高校最期の夏に開催される絵画コンクールの最優秀賞を狙っていたのだが……。
二〇一六年、仙台の大学に進学した伊智花は、福島出身の二つ年下の医大生と知り合いになって……。
二〇一七年、彼氏と石巻の海を訪れて…。
主人公は、それなりにごちゃごちゃしつつも、それなりに充実した毎日を送り、友情をはぐくみ、恋をして、進学し、就職し、様々な人に出会いながら、歳を重ねていく。
けれどもそうしたあれこれの中、折ある毎に、「震災の影」がさして……。
いいや、そうではない。そうではないのだ。
主人公も主人公に連なるあの人もこの人も、震災をなかったことにはできないが、それをいうなら、程度の差こそあれ、あなたも私も、誰もがあの震災をなかったことになどできないではないか。
作家は、いわゆる“震災を乗り越え前向きに生きる若者たち”を描いたのではない。
ただ率直に自分と、自分と同世代の日常を書いたのだ。
そしてそれは、鋭さと同時にしなやかさや温かさが感じられる素晴らしい物語だった。