かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『断絶』

 

断絶 (エクス・リブリス)

断絶 (エクス・リブリス)

 

 

中国が発生源の未知の病「シェン熱」が世界を襲い、感染者はゾンビ化し、死に至る。無人のニューヨークから最後に脱出した中国移民のキャンディスは、生存者のグループに拾われる……生存をかけたその旅路の果ては? 中国系米国作家が放つ、震撼のパンデミック小説!


おそらく、この煽り文句を見ただけだったなら、私はこの本を手に取らなかっただろう。
いまや「コロナの時代」、病が社会を破滅に導く小説は、古典から新作まで巷に溢れているし、「中国が発生源」などという設定は、偏見を助長しかねない。

ましてや苦手なゾンビもの。
なんだってエクス・リブリスはこの時期、こんな作品を出すんだろう…と首をかしげつつ、新刊予告を二度見したら、翻訳は藤井光さんだという。

ええーっ!!藤井さんなのか。
それならおそらく、いや絶対、単なるパンデミックパニックの終末小説であろうはずがないと確信できるほど、翻訳のみならずその選書眼にも絶対の信頼をおいている藤井さんの手によるものならば、苦手意識を克服してでもチャレンジしてみる価値はあろうと、意を決して読んでみた。


物語は、治療法のない真菌感染症「シェン熱」の流行により、人類がほぼ絶滅してしまった2011年に幕をあける。
そのパンデミックの中にあって、奇跡的に生き残った中国系アメリカ人女性キャンディス・チェンが物語の主人公兼語り手だ。
最後までニューヨークにとどまっていた彼女だったが、同じく生き残った8人のグループに拾われて、リーダー格であるボブの指揮の下、シカゴ郊外にあるという<施設>をめざして移動中なのだ。

おやこれは、一風変わったロードノベルなのか?と読み進めると、現在進行形のあれこれの間に、たびたびキャンディスの回想が流れ込む。
いやむしろ分量からして、回想シーンの合間に彼女が直面している「今」が入り込んでくるという感じか。

幼い日、先に渡米していた両親の元にやってきた前後を含めた移民としての記憶、母と娘の確執、相次ぐ両親の死などの回想から、キャンディスのアイデンティティに関わるあれこれが浮かび上がるかと思えば、ニューヨークのオフィスで働きながら、アメリカの出版社と中国の印刷・製本現場とを結ぶ仕事をしている彼女の目を通して、グローバル経済という名のもとの資本主義社会の矛盾が描き出されもする。
そしてまた、その両方にも、世界が終わりを告げようとしている「今」にも関わる問題として、信仰に関するあれこれも。
どのシーンを切り取っても考えさせられることばかりで、とてもこれがデビュー作とは思えない著者の鋭い視点に目を見張る。

2018年の発表当時から高い評価を受け、幾つかの賞も受賞しているというこの作品、読み逃すには惜しすぎるお薦めの1冊だ。