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『〈翻訳〉の文学誌』

 

〈翻訳〉の文学誌

〈翻訳〉の文学誌

  • 作者:溝渕園子
  • 発売日: 2020/02/26
  • メディア: 単行本
 

著者は広島大学の教授。
専門は比較文学で、近現代の日本とロシアの文学的な相互関係について、翻訳や異文化表象の諸問題を中心に研究している

本書はその論文集なのだが、〈翻訳〉の定義はかなり広義で、一般的なある言語から別の言語への翻訳だけでなく翻案をも含み、さらには、旅行記における「他国の文化を自国に持ち帰り、自国の人々に理解されるように見せるときに働く意識」といったところにまで及ぶ。

とにかく情報量が多いこともあって、とても隅々まで読みこむほどの気力も実力もなかったが、ところどころにツボるポイントがあって、たびたび脱線を余儀なくされる面白さがあった。

たとえば冒頭に出てくるチェーホフのтоска(タスカー/憂鬱)をめぐる話。
二葉亭四迷はこれを『ふさぎの虫』と訳した。
上田敏がそれを酷評して、内容から考えても『世界苦』と訳すべきであると主張した。
もうその時点で私はかなりツボってしまう。
タスカーといえば御者イオーナ、そしてチェーホフと御者といえば、タブッキの『夢のなかの夢』 に収録された「アントン・チェーホフの夢」。
神西清青空文庫も何点か積んでしまったし……という具合に、どんどん脱線してしまうのだ。

そうかと思えば、宮本百合子の『モスクワ印象記』と、B・ピリニャークの「日本印象記」を比べてみたり、ロシアにおける芥川研究を紹介してみたり。

ロシアでも村上春樹の人気は非常に高く、芥川、川端、安部公房大江健三郎三島由紀夫知名度や定着度に比べると漱石のそれは水をあけられているとかいう話も。

専門的な話も多く、決して読みやすい本ではなかったが、どっさりメモをとってしまった。