かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『やさしい猫』

 

入管問題を扱った小説だと聞いて手に取ってはみたが、
正直さほど期待はしていなかった。

なぜってこの問題は
名古屋出入国在留管理局に収容中だった
スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した問題が象徴するように
事実は小説より…を地で行って、あまりにも現実がひどすぎるから。

元は新聞小説だとも聞いていたので、
そうした場で発表される物語として描けば、
甘みを足すことも求められるだろうし…と、
うがった見方をしていたところもあった。

だがしかし、この小説は
いろいろな点で私の想像を超えていた。

物語の核となるのは
シングルマザーの保育士ミユキさんと娘のマヤ、
ミユキさんより8歳年下の自動車整備士クマさん。

東日本大震災直後の被災地ボランティアで
ミユキさんとクマさんが出会い、
いろいろなことがありつつもそれを乗り越えて結ばれる。
ようやく家族3人の穏やかな暮らしが始まると思われた時、
クマさんがスリランカ出身の外国人だったことで、
その幸せが突然奪われてしまう。
ついに家族は国を相手に裁判を起こすことを決意する。

物語の語り手は高校生になった娘、マヤだ。

小学生の頃にはじめてあったクマさんの印象。
積み重ねられてきた「家族」の思い出。
くもりのない少女の目はやがて、
次々と起こるトラブルに疲弊していく。

それでもそうしたトラブルのさなかに知り合った
クルド人少年への恋心は
彼女の心のよりどころになるかのように思えた。
だが、その時マヤはまだ、難民申請のことも仮釈放のことも
全くといっていいほどわかっていなかったのだった。

長引く収容で体調を崩したクマさんの代理人を務めることになる恵弁護士のモデルは
先頃アメリ国務省の報告書で
「人身売買と闘う「ヒーロー(英雄)」としてリストアップされた
指宿昭一弁護士だ。

この恵弁護士は奄美2世で、
作中で自身の父親が奄美の米軍統治下時代、「密航船」で本土に渡った経験を語る。

私も、戦後、奄美が沖縄と同じようにアメリカの領土となっていたことを知ってはいたが
当時、突然設けられた「国境」によって引き裂かれた家族のことや、
島から必死の思いで日本に「密入国」をした人々のことについて
これまで考えてみたことがなかった。

日本は島国だから、国境を理解するのが
難しいなどと思っていた自分を猛烈に恥じる。


スリランカ人男性と結婚し、
日本で暮らし続けることを望むミユキさんに、
「欧米系以外の、アジアとか中東、アフリカ、南米なんかから来る外国人の結婚は、
九割以上、配偶者ビザ目的だから」
「日本の女性はやさしいから、騙されてしまうんですよ」
「ぼくらの仕事は、そういう人の目を覚まさせることでもある」
などと、入管職員は強い口調で繰り返し、
婚姻届を出した事実など大したことではないような態度で
長時間にわたって拘束し、威嚇しつづけ、揚げ足をとり
クマさんやみゆきさんの認識とは大きくずれた内容の調書を作成する場面や、
裁判のやりとりなど、手に汗握り憤る場面もあれば、
それぞれがそれぞれ、自分を責めて苦しむ場面に思わず涙がこぼれもする。


結婚とはなにか、家族とはなにか、国境とは、人権とは、
入管ってどうあるべきなんだろう?
物語を読みながらいろいろなことを考えずにはいられない。
 
もちろんこれは小説だ。
けれども作者が綿密な取材に基づいて書き上げた物語だ。
物語のラストには希望があり、読後感は決して悪くない。

ウィシュマさんのような犠牲者を二度と出さないように
読者もまた、つねに関心を持ち続け、
入管をはじめとする様々な問題の改善を
求め続けてほしいという作者の訴えが読み取れる物語でもあった。