かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』

 

いわゆる“哲学の本”を読むのはいつ以来だろうか。
ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』を入れて良ければ、25年ぶりぐらい?
いやいや、そのテの“哲学的”な作品ならば、他にもなにか読んでいるかもしれない。
とはいえ、これは“哲学の本”だと認識して読んだのは、もしかすると学生時代に必要に迫られて手にした三木清の『人生論ノート』やエンゲルスの『フォイエルバッハ論』以来かもしれない。


そんな私でも、理解できるものかどうか、少々心許なく思いながらも手にした本書は、フランスでベストセラーとなったという高校生向け哲学書
プラトンからサルトルまでの西欧哲学者10人が取り上げていられている。


トップバッターは、「イデア(=理想)の天界」を作り出した古代ギリシャの哲学者プラトン
私たちがひとときを生きる「可感界」と、永遠の命をもつイデアが生きている「可想界」という区別は、カトリックの教義に非常に近いような気も…と、読み進めていくと、ニーチェが「キリスト教プラトンの思想を借用したもの」と主張していたとの紹介も。
いかにも「神は死んだ」のニーチェらしい。(と読みながらひとりで知ったかぶりをしてみはしたが、ニーチェについて考えるのはもう少し先の項へと後回しに。)


2番目に登場するアリストテレスも、古代ギリシャの哲学者、プラトンの弟子だ。弟子ではあるが、アリストテレスの思想はプラトン批判の上に築かれているよう。
さすが“百科全書派の祖”といわれるだけあって、彼の興味は「可想界」ではなく「可感界」にあり、現実世界の分類に余念が無い。


3番目に登場するのは「われ思う、ゆえにわれあり」のデカルトで、まずはなんでも疑ってかかるというお方である。
「世界は本当に存在しているのだろうか」と問われたら、いったいどうやってその存在を証明すれば良いのか?できるのか?
側にいたら非常に面倒くさい人のような気はするけれど、言わんとしていることは、意外とわかりやすい。
人間が有限の存在であるということも、では無限とは……という考えについても。


4番手はスピノザで、ラビになることを目ざして研究していたはずが、結果神を否定するにいたって、破門追放されてしまったという経歴の持ち主。
迷信の原因は“感情の真の理由を突き止められないことにある”として始まった人間にありがちな幻想を徹底的に批判するその理論を聞けば、やっぱりなるほど、そうかもなあと思ってしまう私は、どうやら哲学には向いていなさそうである。


なぜってここまで読み進めれば、なるほどこれは、辞典のようにそれぞれの思想を紹介するだけではなく、プラトンのアンチテーゼとしてのアリストテレスデカルトとの対比でスピノザが登場することは明らかなのに、そうとわかっていてもそれぞれの話に耳を傾けると、どれもなるほどそうなのかも…と思ってしまうのだ。
これではだめだ。もう少しペースを落とし、丁寧に読み解いて、テーゼ、アンチテーゼ、そこからのジンテーゼと、弁証法的思考をめぐらさないと!?

と、反省しひとりひとりとじっくり向き合うことに。

プラトンアリストテレスデカルトスピノザ、カント、ヘーゲルキルケゴールニーチェフロイトサルトル

それぞれの思考の解説では歴史的背景も付け加えられ、現代的な視点も忘れないが、その記述は、簡潔で読みやすい。

意外なところでのフロイトの登場も、前後と読み比べてみれば、なるほどという立ち位置で、最後が“情熱の人”サルトルというところが、いかにもフランスの本らしい。
そういえば私、『嘔吐』は読んだっけ。あの小説も哲学の本だったのか!

バカロレアの哲学試験にはとても歯が立ちそうにはないが、久々に頭を使った気になって、本文を読み終え、「訳者あとがき」に目を通すと……。

書いてあった!あれこれとまどったことも、思ったことも、なにもかも!こんなにわかりやすくまとめてあったとは!!と脱帽した。




これは余談だが、この帯にある「2時間で読める西欧哲学入門。よほどの覚悟がないと書けない本だ」という内田樹氏の推薦文はなんだかなあ。
まあご本人は2時間で読んだということなのかもしれないけれど、これは入門書だ。斜めにぱらぱら読むよりも、じっくり噛めば噛むほど味が出る。
せっかく良い本なのに、こういう宣伝はちょっと残念な気がした。