かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『悲しみを聴く石』

 

せまく、細長い部屋。壁は明るい空色に塗られ、二枚のカーテンには黄色と青の空に羽ばたく渡り鳥の柄。しかし、部屋には息が詰まるような空気がただよっている。カーテンにはあちこち穴があき、そこから陽の光が差し込んで絨毯(キリム)の色あせた縞の上に落ちる。部屋の奥にはもう一枚のカーテン。緑色で、柄はない。その向こうには今は使われていないドア。あるいは納戸だろうか。



150ページほどの物語のほとんどは、この部屋を舞台に繰り広げられる。
バックに流れるのは、鳴り響く銃声と、誰かの叫び声、モスクから聞こえてくる人々に祈りを促す声。

部屋にあるのは、小さな半月刀とひげを生やした男が写る一枚の写真。
床にじかに惹かれた赤いマットレスには、写真の男が横たわっている。
男は写真よりも歳をとり、骨と皮ばかりにやせていて、息だけはしているが、自力では指1本動かすことができず、目で物を追うことも出来ない植物状態だ。

かつて「英雄」として一族の誇りであったはずの男の傍らに、ただ一人残っているのは、コーランの祈りを唱えながら看病を続ける男の妻。

やがて彼女は、無反応な夫に向かって、長年にわたって胸の内にため込んだあれこれを語り始める。

彼女の声は、夫に届いているのだろうか…それとも。

原題の「サンゲ・サブール」とは、ペルシア語で「忍耐の石」のことで、その石に向かって、人には言えない苦しみや悲しみを打ち明けると、石はそれをじっと聞き、言葉や秘密を吸い取り、ある日、粉々に打ち砕ける。その瞬間、人は苦しみから解放されるという、ペルシアの神話からとられているのだという。

はたして「石」は砕けるのか、女はその苦しみから解放されるのか、たったひと部屋が舞台の、数名の端役を除けば、女の独壇場といっていいほどの物語が、どうしてこれほどまでに、恐ろしく、哀しく、さびしいのか。

著者はフランスに亡命したアフガニスタン出身の映像作家・小説家。
初めてフランス語で綴ったという本作で、いきなりフランスの文学賞最高峰ゴンクール賞を受賞したのだとか。

とても印象的な作品だ。
短いセンテンスも、舞台の脚本のような描写も、思わず息を凝らしてしまうようなスリリングな展開も。