戦後ドイツを代表する女性作家マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(1901-1974)の作品を集めた日本オリジナル短篇集。
200頁ちょっとと比較的薄めの本にもかかわらず、いずれ劣らぬ読み応えの作品が15篇も入っている。
怪奇あり、幻想あり、狂気あり、不条理あり……と、いずれも確かに“奇妙な味”ではあるが、日々の営みの中に知らず知らずのうちに生じはじめる歪みの描き方が絶妙。
どれもこれもありえないはずなのに、真理を突いている気がして、なんだか胸の内を見透かされたようなゾクゾク感も。
10頁そこそこの短い物語の筈なのに、この緊迫感、この焦燥感、希望と絶望がないまぜになったなんとも奇妙なこの気持ち……と、1作1作の読み応えときたら、相当なもの。
作家と訳者の巧みな技が冴え渡る作品集だ。
中には数作、アンソロジーなどで読んだ覚えのある作品もあったが、それでもこのお得感は目減りしない。
とりわけお気に入りをあげるとすれば……
●「やっと帰ってきた」夜遅く帰宅した夫はなぜか、明かりをつけないでくれという…「白熊」
●間違えて違う船に妹を乗せてしまった兄のもとに、常軌を逸していく妹の手紙が届く…「船の話」
●ユダヤ人の姉妹は、強制収容所に移送される途中で列車から飛び降りて逃走する計画を立てたのだが…「ルピナス」
●ある残酷な一日が…「四月」
●一人暮らしの老婦人は、自宅の一室を人に貸すことにしたのだが…「いいですよ、わたしの天使」
あたりか…ああでも、あれもこれも捨てがたい、やっぱり、全部、お気に入り!?
<収録作品>
白熊/ジェニファーの夢/精霊トゥンシュ/船の話/ロック鳥/幽霊/六月半ばの真昼どき/ルピナス/長い影/長距離電話/その昔、N市では/見知らぬ土地/いいですよ、わたしの天使/人間という謎